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フェイク・ドキュメンタリーならぬフェイク・ルポルタージュホラー 「残穢(ざんえ)」 著者:小野不由美 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 小野不由美
発売日 2012年7月20日

短評

 
 有名な小説家という作者の肩書きを最大限活用した、あるマンションで起こる怪現象が実際の出来事であるかのようにルポルタージュ形式で語られていくホラー表現が斬新。
 
 しかし、通常の小説とは異なり登場人物にはキャラクター性が皆無で、起承転結もなく、クライマックスには盛り上がるような見せ場も用意されていないため地味さは否めない。
 
 それでも、新しい語り口に挑戦した功績は偉大で、通常のホラー小説とは質が異なる生々しい恐怖が味わえる。
 

作者自身がナビゲーターを務める新感覚ホラー小説

 
 この本は一応ジャンルとしてはホラー小説ですが、中身は普通のホラー小説とはまるで異なり、作者である小野不由美さんが自身であることは明記せず、しかし誰がどう見ても小野不由美さん以外の何者でもない語り手として本の中に登場します。
 
 小説として明解な話の筋はなく、ファンから寄せられた、とあるマンションにまつわる怪談とそれに自身も関わった顛末てんまつを書き綴ったルポルタージュに近い形式を取るという変わったストーリーテリングを採用しており、フィクションと現実の境が極めて曖昧です。
 
 小野不由美さんはホラー映画が好きらしいので、多分『ブレアウィッチ・プロジェクト』や、白石晃士監督の『ノロイ』など、実際はフィクションなのに現実に起こった事件であるかのように錯覚させる手法を取るフェイク・ドキュメンタリー(モキュメンタリー)形式の映画に着想を得たであろう語り口です。
 
 そのため、そもそもフェイク・ドキュメンタリー形式のホラー映画が好きかどうかで本作に対する印象も大きく変わります(フェイクドキュメンタリータイプのホラー映画が好きなら本作も絶対に肌に合う)。
 
 フェイク・ドキュメンタリーと言っても、ブレアウィッチ以外に『クローバーフィールド/HAKAISHA』のような海外のフェイクドキュメンタリーが用いる実際に異常事態に巻き込まれた者たちが慌てふためく様をPOV形式で見せるという直接的なものではありません。
 
 日本式のテレビの心霊番組やオカルト雑誌の記事、体験者が語る証言映像など、複数のメディアを横断しながら、一見バラバラに見える事件の背後にある一つの大きな元凶に迫っていくという方式に近く、自分もコチラのタイプのフェイク・ドキュメンタリーのほうが好きなので、好み的にドンピシャでした(『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』シリーズなどが超好き)。
 
 怪現象が起こるマンション周辺にかつてあったゴミ屋敷や、新興宗教にハマって家族が崩壊した家などを調べていくと、どうやらゴミ屋敷の住人が自宅で何か得体の知れないものが這い回るため家中にゴミを溜め込むことで何者かの動きを封じようとしたらしいということや、家の中で起こる奇妙な出来事に精神がおかしくなり新興宗教に救いを求めたらしいという事実が浮かび上がってくるなど、いかにも雰囲気の出し方がフェイク・ドキュメンタリー的で好きな人間にはたまらない魅力があります。
 

ドキュメンタリーとフィクショナルなルールの連携プレー

 
 この小説の語り口が通常のホラー小説と比べ異質に感じる点は、恐怖に対してガードのしようがないことです。
 
 普通のホラー小説ならどうしても読者を怖がらせようとする作為というものが明確に存在するため「この次に怖い展開が起こるな」という予測が出来るのに、この本はその部分が巧妙に隠蔽され、ただ起こった出来事を淡々と並べていくような体温の低さで、どのタイミングで怖くなるのか図れないという独特のリズム感があります。
 
 その上、小説のようなレトリックを駆使するような凝った文体でなく、起こった出来事を淡々と報告するような文章なため、物語に入り込むのではなく冷静な状態なまま読まされ、不可思議な現象を物語内の出来事として処理できず、現実に起こっていることのように錯覚してしまいます。
 
 語り手である作者も直接的に心霊体験に遭遇しない事件そのものとは距離がある作りで、しかもあろうことかマンションで起こる怪現象に対して「怪談としてはありきたりであまり面白味もない」などと読者をわざと現実に引き戻すような冷めた発言も挟まれ、物語として面白くはしないという態度に戦略性を感じました。
 
 この、あえて物語として読ませない、話に没頭させず常に頭が冷静な状態のまま怖い話のレポートを延々と読まされるという体験が非常に新鮮で、この感覚を味わえただけでこの小説を読んで良かったと思うほどです。
 
 では、全体が淡々としているだけでつまらないのかというとそのようなことはありません。タイトルでもある残穢ざんえという、『リング』で言うところの見たら1週間後に死ぬ呪いのビデオのように、その土地の穢れが住んだ人間に感染するというフィクショナルなルール設定も用意されています。
 
 このおかげで、リアリティは充分持たせられてもストーリー的には単調になってしまうルポルタージュ方式の語りに穢れの感染という分かりやすい緊張感が生まれ、一定のリアリティが無ければただの突拍子もない設定でしかない残穢という現象に真実味が宿りと、お互いに弱点をカバーし合う良好な関係を築けています。
 

不満あれこれ

 
 これは作品の構造上どうしたって仕方のないことながら、ほぼ何も起こらない序盤は退屈です。
 
 登場人物はほとんど名字だけで家族構成以外はどんな人か説明もされず、ただマンションで起こる怪現象について近隣住民にインタビューしていくというだけの展開が延々と中盤まで続くため、面白くなるまでは多少の我慢を強いられます。
 
 これは作者が『十二国記』シリーズなど大傑作を書いている実力のある作家だからそのうち面白くなるだろうという信用がないと成立しないので、やや経歴に依存しているかなとも思いました(これが無名の作家が書いたものだったら、高確率で冒頭で読むのを止める)。
 

最後に

 
 フェイク・ドキュメンタリー映画がそうであるように、歴史に残る傑作とか生涯ベスト級作品など、そんなテンションになるような作品では決してありません。
 
 あくまでホラー小説にこんな語り口があるんだなと驚かされる、ホラーというジャンルの枠を広げるような作品で、その点においては十分すぎるほどの完成度で大満足でした。
 
 後、この形式だと語り手となる作者がずっと出ずっぱりでエッセイを読んでいるような親近感も抱くので、作者本人がキャラとして登場する手塚治虫漫画のように、作者の小野不由美さんが好きになると言う副次効果もありました。
 

映画版

 

小野不由美作品