著者 | 小野不由美 |
出版日 | 2012年7月20日 |
評価 | 85/100 |
オススメ度 | ☆ |
ページ数 | 約349ページ |
小説の概要
この作品は、作家である主人公がファンから寄せられたとあるマンションにまつわる怪談とそれに自身も関わった顛末 を書き綴ったという体裁のホラー小説です。
一応ジャンルとしてはホラー小説ですが明解な話の筋はありません。作者である小野不由美さんが自身であることは明記せず、しかし誰がどう見ても本人以外の何者でもない語り手として本の中に登場するなど、非常にフィクションと現実の境が曖昧な作りとなっています。
通常の小説と異なり、登場人物にはキャラクター性が皆無で、起承転結もなく、クライマックスには盛り上がるような見せ場も用意されていないため地味さと読み辛さは否めません。
それでも、架空の出来事と現実の橋渡しとして作者本人が登場するという斬新な作風に挑戦した功績は素晴らしく、どこまでも日常生活に根差した身近で生々しい恐怖が味わえます。
作者自身がナビゲーターを務める新感覚ホラー小説
この小説で最も驚くのが、作者自身が作中に登場し話の進行役を務めるという斬新なアイデアです。
小野不由美さんはホラー映画が好きらしいので、多分『ブレアウィッチ・プロジェクト』や、白石晃士監督の『ノロイ』など、実際はフィクションなのに現実に起こった事件であるかのように錯覚させる手法を取るフェイク・ドキュメンタリー(モキュメンタリー)形式の映画に着想を得たであろうということは容易で、このアイデアが小野不由美さんの神経質なまでに細部の設定に凝る作風と見事マッチし相乗効果を生んでいると思います。
フェイク・ドキュメンタリーと言っても、『ブレアウィッチ・プロジェクト』や『クローバーフィールド/HAKAISHA』のような海外のフェイクドキュメンタリーが用いる実際に異常事態に巻き込まれた者たちが慌てふためく様をPOV形式で見せるという直接的なものではありません。
日本式のテレビの心霊番組やオカルト雑誌の記事、体験者が語る証言映像など、複数のメディアを横断しながら一見バラバラに見える事件の背後にある一つの大きな元凶に迫っていくという方式に近く自分もコチラのタイプのほうが好きなので好みとドンピシャでした。
『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』シリーズが特に好きです
怪現象が起こるマンション周辺にかつてあったゴミ屋敷を調べると、どうやらゴミ屋敷の住人は自宅で何か得体の知れないものが這い回るため家中にゴミを溜め込むことで何者かの動きを封じようとしたらしいということが分かり、新興宗教にハマって家族が崩壊した家を調べていくと、家の中で起こる奇妙な出来事に精神がおかしくなり新興宗教に救いを求めたらしいという事実が浮かび上がってくるなど、この手のホラーが好きな人間にはたまりません。
ドキュメンタリーとフィクショナルなルールの連携プレー
このホラー小説の最も恐ろしい部分は、迫り来る恐怖に対してガードのしようがないことだと思います。
普通のホラー小説なら読者を怖がらせようとする作為というものが明確に存在するため「この次に怖い展開が起こる」という予測が出来るのに、この本はその部分が巧妙に隠蔽され、ただ起こった出来事を淡々と並べていくのみでどのタイミングで怖くなるのか図れない気味の悪さがありました。
加えて、小説のようなレトリックを駆使するような凝った文体でなく、起こった出来事をそのまま報告するような飾り気のない文章なため、不可思議な現象を物語内の出来事として処理できず、現実に起こった出来事のように錯覚してしまう効果があります。
語り手である作者も直接的に心霊体験に遭遇しない事件そのものとは距離がある作りで、しかもあろうことかマンションで起こる怪現象に対して「怪談としてはありきたりであまり面白味もない」などと読者をわざと現実に引き戻すような冷めた発言も挟まれ、物語として面白くしないという態度に明確な戦略性を感じました。
この、あえて物語として読ませない、話に没頭させず常に頭が冷静な状態のまま怖い話のレポートを延々と読まされるという体験が非常に新鮮で、この感覚を味わえただけでこの小説を読んで良かったと思うほどです。
しかし、全体が淡々としているだけでつまらないのかというとそのようなことはありません。タイトルでもある残穢 という、『リング』で言うところの見たら1週間後に死ぬ呪いのビデオのように、その土地の穢れが住んだ人間に感染するというフィクショナルなルール設定も用意されており、このおかげでメリハリがあります。
リアリティは充分持たせられても単調になってしまいがちなフェイクドキュメンタリー的な手法に対し穢れの感染という分かりやすい緊張感が生まれ、残穢という一定のリアリティが無ければただの突拍子もない設定で終わってしまう現象に真実味も宿りと、お互いに弱点をカバーし合っており隙がありませんでした。
序盤の退屈さは回避できず
これは作品の構造上仕方のないことながら、ほぼ何も起こらない序盤は退屈でした。
登場人物はほとんど名字だけで家族構成以外はどんな人か説明もされず、ただマンションで起こる怪現象について近隣住民にインタビューしていくだけの展開が中盤まで続くため、面白くなるまでは多少の我慢を強いられます。
これは作者が『十二国記』シリーズなど大傑作を書いている実力のある作家だからそのうち面白くなるだろうという信用がないと成立しないので、やや経歴に依存しているかなとも思います。
これが無名の作家が書いたものだったら、高確率で冒頭で読むのを止めると思います。
最後に
フェイク・ドキュメンタリー映画がそうであるように、歴史に残る傑作とか生涯ベスト級作品といったテンションになるような作品では決してありません。
あくまでホラー小説にこんなアプローチがあるんだと驚かされる、ホラーというジャンルの枠を広げるような作品でその点においては十分すぎるほどの完成度でした。
後、この形式だと語り手となる作者がずっと出ずっぱりでエッセイを読んでいるような親近感も抱くので、作者本人がキャラとして登場する手塚治虫漫画のように、作者の小野不由美さんが好きになると言う副次効果もあります。
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