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戦前・戦中・戦後と繰り返される不可解な身投げ事件の謎に刀城言耶が挑む 「幽女の如き怨むもの 刀城言耶シリーズ #6」 著者:三津田信三 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 三津田信三
発売日 2012年4月23日

短評

 
 刀城言耶が事件そのものには一切関わらないという『首無の如き祟るもの』と同様のトリッキーなスタイルで、時代の移ろいと共に予想外の人物に語り手が変化していくため何が起こるか分からない緊張が最後まで持続する。
 
 シリーズの中では最も切実なメッセージが込められており、妓楼ぎろうで働く遊女たちの生活や仕事を追体験させることで、どれだけ男の都合で遊女たちが非人間的な扱いを受けてきたのかが体感でき、ホラー作品としても重い課題が残る。
 
 ただ、妓楼ぎろう花魁おいらんの説明描写が異常に長く、メッセージ性を優先するあまりに事件そのものは極端に小規模で、その上トリックの複雑さよりは事件の動機のほうが重視され謎解きは質素でカタルシス不足。刀城言耶シリーズとしては若干バランスを欠いており物足りなさも感じる。
 
 謎解きの快感を求めて読むと若干の違和感も覚えるが、遊女の過酷な境遇に寄り添う視点を維持しながら、ホラーとミステリー要素がメッセージ性を強調するように配されと、完成度が高い一作であることは確実。
 

刀城言耶は脇役で主役は遊女という、花魁残酷物語

 
 この小説は、同じ妓楼ぎろう(遊女を置き、客と遊ばせる店)を舞台に、太平洋戦争の戦前・戦中・戦後と三度みたびに渡って繰り返される、心霊現象なのか自殺なのかはたまた殺人なのか見分けがつかない不可解な身投げ事件の真相解明に怪奇幻想作家である刀城言耶が挑むという内容です。
 
 シリーズの中では『首無の如き祟るもの』と似ており、刀城言耶本人は事件そのものにまったく絡まず、事件関係者の残した日記や事件について書かれた雑誌の連載、関係者へのインタビューを頼りに真相に迫っていくという変わった作りをしています。
 
 最初は遊郭や妓楼ぎろう花魁おいらんについて描かれるものが自分が断片的に知っている知識とはずいぶん違うなと思っていると、途中で遊郭の代表である吉原よしわらとは異なり、地方の遊郭にはその土地ごとの独自ルールがあるという説明がされ疑問は晴れました。
 
 今作は貧しい家の少女が妓楼ぎろうに売られ、そこで借金漬けの日々から脱するため花魁おいらんとして毎日客の男たちに好き放題体を弄ばれ身も心もズタズタにされていくという残酷な話が長く続き、途中から今読んでいる小説が刀城言耶シリーズであることを完全に忘れてしまいます。
 
 それに刀城言耶が登場しないどころかホラーでもミステリーでもない延々と妓楼ぎろうでの生活描写が続くため、自分は一体何の話を読まされているんだろうという違和感もありました。
 
 しかし、この何も知らない田舎の少女が遊郭という異世界に足を踏み入れ、到底人間扱いとは思えない身の毛がよだつような恐ろしい目に遭う様を丹念に描くことで、後にそれぞれ異なる時代で起こる身投げ事件に対して絶大な説得力を持たせられており、最終的にはこの長さは必要だなと納得します。
 
 特に、妓楼ぎろうの生活というのがどれほど酷いものなのかを最初は部外者である少女視点で体験していくことで説明と同時に物語へのスムーズな導入ともなっており、気付いたら刀城言耶が登場しないことは忘れ、夢中で読み進めていました。
 
 この序盤の戦前を描いたエピソードは、遊女を人間ではなく商品扱いするという妓楼ぎろうの実態の説明と、主役の少女が徐々にフェミニズム的な視点を獲得し、環境に適応し奴隷である現状を受け入れろと説得してくる他者をはね除け自力で窮地を脱しようとする成長の物語でもあり、幽女と呼ばれる人を身投げに導く得体の知れない存在への理解を促す序章でもあるという非常に多層的な役割があり、ここがある程度しっかりしているため戦中・戦後の詳しい説明を省いてしまうエピソードも何ら違和感もなく読むことができました。
 
 借金漬けにされ、毎日客を何人も何人も取らされ、客の子を孕んだら他の遊女に虐められ、しかも子供を堕ろす費用も遊女の借金として加算されと、ここまで惨い扱いをされたら遊女たちの怨嗟の念が現世に残り、その場所に住む者に厄災をもたらしてもなんら不思議ではないと思え、怪奇現象そのものに対して同情の念すら覚えます。
 

遊女という題材から導き出される答えはミステリーではなくホラー

 
 ホラーとミステリーが融合し、最後の最後まで事件が人間の犯行なのか怪異の仕業なのか判断が付かないという特徴を持つ刀城言耶シリーズですが、今作は明らかにホラー寄りで、読み終わっても身投げ事件の真相はほぼ謎だらけでスッキリはしません
 
 それも当然で、ここまで非人間的な扱いをされ、自分を奴隷のように働かせる店の店主や、遊女の苦労など想像せずただ欲望を満たすために女を買いにくる客と、遊女を取り巻く環境に対する怒りや殺意が全開で向けられるため、読み終わった後も怨嗟の余熱が残るホラーにならざるを得ないなと思います。
 
 何も説明されず親に売られ、借金漬けにされたのち奴隷のように働かされ、外に出る時は逃げ出さないように監視が付き、遊郭から脱走しようとすれば最悪半殺しにされた後さらに莫大な借金が加算されと、遊女が受けるあまりにも酷い仕打ちに対して作者が物語に込めた怒りが透けて見え、ホラーであることは当然と受け入れられました。刀城言耶シリーズではお馴染みの、言耶が怪異の話を聞いて我を忘れて興奮するという描写も外されており、これは面白がるような話ではなく遊女たちへの鎮魂歌であるという意志が感じ取れます。
 
 妓楼ぎろうの中も地獄なら、戦中・戦後の売春に対する日本政府の二転三転する政策もほとんど理不尽なホラーの域に達しているほど酷く、売春を止めさせたら性犯罪が多発し治安が悪化したので今度は即再開しろと命令するとか、仕事の募集広告に具体的な内容は書かず女を集めるだけ集めてからその場でいきなりアメリカ軍相手に売春する仕事だと告げるなど、もう無茶苦茶で読んでいて頭が痛くなります。
 
 明らかに作者はこの妓楼ぎろうや日本政府、男も女も日本国民全員が遊女を人間扱いしていない態度に義憤を覚えているのがありありで、多少は刀城言耶シリーズのパターンから外れる部分があっても、このシリーズの時代設定を利用しメッセージを込めるという態度に納得できました。
 

ミステリーはオマケのようなあっさりさ

 
 今作は何よりも遊女たちが受けた酷い扱いを物語として読者に体験させるという点を重視しているため、謎解きはかなり簡素です。
 
 事件そのものが妓楼ぎろうの3階にある部屋から続々と身投げする者が続出するだけという、複雑なトリックを盛り込む余地など皆無なシンプルな設定で、同じ事件が時代をまたぎ繰り返されるという反復性が不気味でホラーとしては充分ですが、ミステリーとしてはさすがに驚きがありません。
 
 しかも、刀城言耶がまったく事件に絡まず、ひたすら誰かが書き残した文章だけを読み、書いた人間のほとんど主観のような情報を頼りに事件を推理するという展開が極めて作り物っぽく、あまり説得力を感じませんでした。
 
 衝撃の事実のように発表されるある人が実はこの人だったという展開は読む人間ほぼ全員想像できる程度のもので驚きもなく、ミステリーとして読むとシリーズの中では最も退屈でした。しかし、小説の冒頭でこの作品にはそのような派手さはないとあらかじめ断っているので予告通りと言えばそれまでです。
 
 ただの想像ですが、おそらく最初から刀城言耶シリーズとして書いたというより、この話なら刀城言耶シリーズの中の一作に入れても違和感はさほどないだろうという思惑が感じられ、やはり他のシリーズ作品に比べると今作はやや浮いて見えます。
 
 一応事件の背後が分かるとそれが妓楼ぎろうという特殊な空間が生む事情であるということが分かり、より事件の痛ましさが増すため、トリックの完成度を重視するハウダニットとしてはイマイチでも、なぜこのような事件が起こってしまったのかという動機を描くホワイダニットとしては最低限の魅力はあります。
 

最後に

 
 刀城言耶シリーズとしては異例である、ミステリーやホラーの面白さよりも遊女の境遇に対する義憤を優先して書かれたような非常にメッセージありきの悲痛な作風で、ホラーとしてもミステリーとしてもやや中途半端さは否めません。
 
 それでも語り手が次々と変わっていくのに事件の容疑者はほぼそのまま妓楼ぎろうに残り続け、時代を経るごとに徐々に視点が引いていくことでそれぞれの時代では見えなかった事件の全体像が見えてくるというアイデアは新鮮で、あっという間に読み終えてしまう面白さは健在でした。
 
 江戸時代ではなく刀城言耶シリーズの太平洋戦争直後という時代設定をうまく利用し、歴史から葬られようとしている遊女たちの無念とホラーを結びつけそのまま現代に通じる話として語って見せる手法はシリーズの中でも切れ味が異なり、これはこれで好ましく感じます。
 

刀城言耶シリーズ