評価:80/100
著者 | 三津田信三 |
発売日 | 2008年4月28日 |
短評
忌み山の金鉱に取り憑かれ者たちに降りかかる童歌 になぞらえた連続殺人事件はミステリーとして最後まで目が離せない安定した面白さで読み出すと止まらなくなる中毒性は健在。
ただ、これまでのシリーズと比べると土地に関する歴史や風土の作り込みがやや甘く、現実離れした奇っ怪な事件が起こる場所としては説得力に欠ける一面もある。
安定性抜群の刀城言耶シリーズ4作目
この小説は、地元民から忌み山として恐れられるのと同時に、古くから金鉱の存在も噂される乎山 に燐する集落の奥戸 を舞台に、童歌 の歌詞になぞらえた連続殺人事件を怪奇幻想作家である刀城言耶が解決していくというお馴染みの内容です。
今作はこれまでのシリーズと異なり、前作の『首無の如き祟るもの』とやや内容がリンクするという趣向が凝らされています。ただ、特に前作を読んでいないと理解に支障をきたすといったことは無く、前作で登場しては即退場した刀城言耶がその後どこで何をしていたのかが語られるオマケ程度のものです。
そして、ホラーとミステリーが融合した作風の刀城言耶シリーズの中で、今回はさらに一風変わった構成をしています。
冒頭は、ある人物が怪異に遭遇した際の出来事が書き綴られた原稿から始まり、これはホラー色全開で延々と薄気味悪い忌み山での怪奇譚が語られます。それが終わると今度は刀城言耶が主役となりその件に関係した連続殺人事件の謎に挑むミステリーへと移るという、ジャンルが途中でホラーからミステリーにバトンタッチされるような作りです。
このためホラーとミステリーが完全に分離してしまい、後ろに行くにつれホラーが薄まり、ほとんどミステリー一色になるという問題はありますが、謎解き自体は快感なのでそこまで欠点には感じません。
それに、相変わらず各章の終わりごとに衝撃的な展開があり、そのまま次の章も勢いで読んでしまい、また章が終わる頃に衝撃的なことが起こりまた次の章に興味が移りとそれが延々と続くため一度読書に加速がつくとほとんどノンストップで読み続けてしまう中毒性は2作目の凶鳥や3作目の首無と同様でした。
1作目の厭魅であれほど長い説明を読まされたのが遠い過去のように感じられるほど安定した面白さで、このシリーズへの絶対の信頼は揺るぎません。
説得力が乏しい集落と、真新しさのない密室
今作は他のシリーズに負けず劣らずの中毒性と、終盤全ての疑問が氷解していく謎解きの快感を堪能できる反面、やや惨劇が起こる土地にまつわる設定の作り込みが過去作に比べ浅くなったなという不安も覚えました。
1作目は神々櫛 村の設定を作り込みすぎて大量の説明を延々と読まされ苦痛。
2作目は1作目には及ばなくても兜離 の浦に関する設定を相当量読まされ辛い瞬間もありつつ、これは現実離れした儀式に説得力を与えることに成功しておりそれほど悪い印象も持たず。
3作目は過去作に比べたら説明量は減りはしたものの、そもそも刀城言耶がほぼ登場しないことや、語り口が他の作品に比べると完全に異質なのでそれほど気にはならず。
そして4作目である今作は、刀城言耶が現地に訪れ事件に介入するというスタンダードな形式にしては明確に説明が不足しており、奥戸 という集落に対して思い入れを持つ取っかかりがありません。
これは小説の冒頭がそもそも奥戸 ではなく、隣の集落である初戸 から始まり、その初戸 はほぼ本編に関係しないという尺を無駄使いしている問題も少なからずあると思います。
自分の好み的にはまだまだ説明過多な2作目の『凶鳥』と、やや減りすぎた3作目の『首無』のちょうど中間くらいの量がベストで、これだと集落そのものに愛着が湧かず、この地で起こる事件が他人事に感じてしまいます。
そもそも、刀城言耶シリーズはリアリティを指向しておらず、いかにも遊び心溢れる密室を作ることを優先して舞台セッティングが整えられているため、その土地の歴史や風土の作り込みが不足すると途端に作り物っぽさだけが際立つので、ここはあまり手を抜いて欲しくありません。
それに舞台となる奥戸 の作り込みの足りなさにやや関連するのが、いくらなんでも前作の『首無』と密室のシチュエーションが似すぎていることです。
山には数本しか出入りできる道がなく、そこに事件と関係ない人物が居座ることで山そのものが軽い密室状態となり、さらにその山の中にもう一つ完全な密室の建物があるという状況がほぼ前作と同じなため目新しさがほとんどありませんでした。
この密室の作り方で個性を出せていないことも、奥戸 という集落にそれほど魅力を感じさせない要因の一つになっていると思います。
今作は、土地に伝わる童歌 になぞらえた連続殺人事件という、一歩間違えるとホラーではなくコメディになってしまうこれまでで一番ミステリーにありがちなストーリーなため、この設定の作り込みの浅さにはどこかで物語が破綻してしまうのではないかと冷や冷やさせられました。
結論としてはただの杞憂で、ホラーに怯え謎解きに興奮しといつもの刀城言耶シリーズと同じ楽しさを味わえました。
最後に
前作の『首無』は怒濤の謎解きの連続で興奮しっ放しだったのに比べやや落ち着いた出来で、シリーズ最高傑作というテンションにはなりません。
ただ、ぐいぐいと読ませる凄まじい中毒性は前作から引き続きで、謎解きも前作ほどではないものの、衝撃の事実が次から次に語られ一時も目が離せず、刀城言耶シリーズとしては大安定の面白さでした。
刀城言耶シリーズ
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