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超傑作!! 改暦に人生を捧げた囲碁侍の生き様 「天地明察 上・下」 著者:冲方丁 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:100/100
作品情報
著者 冲方丁
出版日 2009年11月30日

短評

 
 江戸時代の前期を舞台に、800年間も使用され続け、もはや暦のズレが深刻化した宣明暦せんみょうれきに変わる新しい暦法を作るため人生を懸けた渋川 春海しぶかわ はるみの伝記小説。
 
 人生を懸けるほど熱中できるものがあることの喜び、失敗から学ぶことの大切さ、古い因習に縛られることの愚かさ、何かを成し遂げるためならどのような誹謗中傷にも屈せず己の信念に従い行動し続けることの尊さと、あらゆる人生の教訓が詰まっている。
 
 囲碁・天文学・算術とあらゆる分野の同年代ライバルたちとの切磋琢磨、人生の目標となる師との出会い、耐え難いほどの挫折から這い上がっての成長、真正面からの正論だけではどうにもならない改暦を巡る政治的なはかりごとや駆け引きと、単純な物語としても超一級の面白さで、退屈さを感じる瞬間など微塵もない、冲方丁渾身の大傑作!!
 

守りに入らず何歳になっても新しい事に挑戦し続ける大切さを説く

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 この作品は、江戸前期である徳川幕府四代将軍家綱いえつなと五代将軍綱吉つなよしの時代に跨り、800年前に作られもはや老朽ろうきゅうした暦法である宣明暦せんみょうれきを変えるため、変化を嫌う保守的な権力者達の激しい妨害に苦しみながらも改暦に人生を捧げた囲碁棋士であり天文学者、渋川 春海しぶかわ はるみの生き様を描いた伝記小説です。
 
 本作最大の美点は何と言ってもありとあらゆる部分が徹底的に面白すぎること
 
 少年マンガのような強烈な個性を持つライバル達との切磋琢磨や、人生の転機となる師との出会いとその意志の継承、そのままビジネス書としても通用しそうな、国家を揺るがす一大事業を成功させるための多方面に渡る政治的な工作活動や改暦のために大衆すら巻き込む一大宣伝(プロモーション)活動など、見所が多岐に渡り、どこをどう切り取っても退屈な箇所など一つも見当たりません
 

政治的な工作活動の面白さという点では、奴隷制を廃止するため走り回るリンカーン大統領を描いたスピルバーグの伝記映画『リンカーン』にも似ていますね

 
 文体はライトノベルのような、文章の重みより読みやすさを重視したもので、時代小説を読み慣れていない読者にも配慮され歴史に関する説明は懇切丁寧。時代小説特有の古めかしい用語についていけず脱落することはまずありません。
 
 全員古きを葬る変革者であり夢追い人であるキャラクターは余すことなく魅力的で、挫折と成功が連続する山あり谷ありなストーリーは超絶面白く、現代より権力に楯突くことが命懸けだった時代にそれでも己の信念を貫き通すというテーマ性も最高で何一つ申し分なし。作中で春海が根回しを徹底し万全を期して改暦に挑むように、この小説も絶対に評価され、100%売れるという自信が持てるまでブラッシュアップし尽くした作者の血の滲む努力が窺えます。
 
 すでに飽きてしまったことにいつまでも固執せず、何歳になっても新しいこと、心の底からワクワクすることに挑戦し続けることの意義を説くというこれ以上ないほど清々しいメッセージを、これ以上ないほど血湧き肉躍る物語に乗せて語ってしまうというド直球な態度には文句の付けようもありません。
 

人より多くの失敗を経験することの意味

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 この本で、色褪せない情熱を秘め困難に挑戦し続けることの大切さと同様に胸を打たれたのが、失敗するということを非常に前向きに捉える姿勢です。
 
 主人公は、古い暦法を葬り改暦によって日本国に変革をもたらした偉人という側面と、ひたすらに困難にぶち当たっては失敗し、立ち上がってはさらに前より巨大な壁に潰されまた落ち込んでは再び立ち上がりを繰り返す苦労人という側面があり、この失敗とそこから這い上がることを繰り返す人生にこそ作者は強く惹かれたのだなと思います。
 
 本作は、様々な失敗をかき集めた失敗の宝庫で、単純な自身の慢心による失敗、努力不足・未来への想像力不足による失敗、ここぞという時に天が味方してくれなかった不運による失敗、個人ではどうすることも出来ないような権力によって夢を妨害されるスケールの大きい失敗、挙げ句の果てにそれまで新しい息吹を日本にもたらすと信じていた暦法自体に欠陥が判明し過去を葬るために自らが吟味し世に発表した手段そのものの根本を正さなくてはならないという痛恨の失敗と、成功よりも失敗を何段階も重ねて描くことで、いかに失敗から得られる教訓こそが困難達成に不可欠なのか理解させようとするアプローチに心底魅了されました。
 
 ここまで失敗をポジティブに描き、誰よりも失敗し恥を重ねてきた人生を誇らしく語る主人公の生き様には共感しかなく、渋川 春海しぶかわ はるみを主人公にし、改暦の偉業より失敗することの意義という部分にこそ焦点を当てた冲方丁さんの題材選びのセンスの良さには頭が下がります。
 

最後に

 
 いくら何でも歴史上の人物を漫画チックにデフォルメし過ぎて深みを損なっていたり、時代小説としては軽すぎる描写に違和感を覚えたりと、気になる箇所もありました。
 
 しかし、それらを凌駕するほど、改暦という一大事業に挑戦し続けた渋川 春海しぶかわ はるみの人生が面白すぎるため、不満など吹き飛びます。
 
 渋川 春海しぶかわ はるみの波瀾万丈の人生に頼るだけでなく、主人公の人生を変えるキッカケとなる印象的な音の使い方や、節目節目で主人公の目に焼き付く新しい時代を予感させる情景の印象付けなど、小説なのに音や絵の使い方が磨き抜かれており、その完成度には参りましたという感想しかありません。
 
 中盤までは渋川 春海しぶかわ はるみ視点でドラマチックに物語が進み、終盤になると途端に歴史を俯瞰するような視点となり史実として着地。結果、読後はこんな人物が本当に実在して、こんな事件が実際に起こったのかと、現在と地続きの過去に思いを馳せ、伝記小説の面白さに心底打ちのめされました。
 
 自分にとって生涯ベスト級の大傑作!!
 

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