著者 | 冲方丁 |
出版日 | 2009年11月30日 |
評価 | 100/100 |
オススメ度 | ☆☆☆ |
ページ数 | 約578ページ |
小説の概要
この作品は、江戸前期である徳川幕府四代将軍家綱 と五代将軍綱吉 の時代を跨ぎ、囲碁棋士であり天文学者、渋川 春海 の生涯を描いた歴史小説です。
800年前に作られ、もはや老朽 した暦法である宣明暦 を変えるため、変化を嫌う保守的な権力者達の激しい妨害に苦しみながら改暦に人生を捧げるという熱い物語です。
人生を懸けるほど熱中できるものがあることの喜び。失敗から学ぶことの大切さ。古い因習に縛られることの愚かさ。何かを成し遂げるためならどのような誹謗中傷にも屈せず己の信念に従い行動し続けることの尊さと、現代にもそのまま通じるあらゆる人生の教訓が詰まっています。
加えて、囲碁・天文学・算術とあらゆる分野の同年代ライバルたちと切磋琢磨する人間模様や、人生の目標となる師との出会い。耐え難いほどの挫折から這い上がる苦く厳しい成長、真正面からの正論だけではどうにもならない改暦を巡る政治的な駆け引きと、単純な物語としても超一級の面白さで、退屈さを感じる瞬間など微塵もない冲方丁渾身の大傑作でした。
守りに入らず新しい事に挑戦し続ける大切さを説く
本作最大の美点は、もう単純にありとあらゆる部分が徹底的に面白すぎるエンタメ小説としての完成度の高さです。
少年マンガのような強烈な個性を持つライバル達との切磋琢磨や、人生の転機となる師との出会いとその意志の継承。そのままビジネス書としても通用しそうな、国家を揺るがす一大事業を成功させるための多方面に渡る政治的な工作活動や改暦のために大衆すら巻き込む一大宣伝(プロモーション)活動など、見所が多岐に渡りどこをどう切り取っても退屈な箇所が一つも見当たりません。
政治的な工作活動の面白さという点では、奴隷制を廃止するため走り回るアメリカ大統領リンカーンの姿を描いたスピルバーグの伝記映画『リンカーン』にも通じるものがあります
文体はライトノベルのように文章の重みより読みやすさを重視したもので、正直歴史小説としては物足りません。
ただその分、歴史小説を読み慣れていない読者への配慮が徹底されており、歴史に関する説明は懇切丁寧で、この手の小説特有の古めかしい用語についていけず脱落することはまずありません。
全員古きを葬る変革者であり夢追い人であるキャラクターは余すことなく魅力的で、挫折と成功が連続する山あり谷ありなストーリーは超絶面白く、現代より権力に楯突くことが命懸けだった時代にそれでも己の信念を貫き通すというテーマ性も最高で何一つ申し分はありません。
作中で春海が各方面への根回しを徹底し万全を期して改暦に挑むように、この小説も絶対に評価され100%売れるという自信が持てるまでブラッシュアップし尽くした作者の血の滲む努力が窺えます。
すでに飽きてしまったことにいつまでも固執せず、何歳になっても新しいこと、心の底からワクワクすることに挑戦し続けることの大切さを説くという、これ以上ないほど清々しいメッセージを、これ以上ないほど血湧き肉躍る物語に乗せて語ってしまうというド直球な態度が潔く好感が持てます。
人より多くの失敗を経験することの意味
本作で色褪せない情熱を秘め困難に挑戦し続けることの大切さと同様に胸を打たれたのが、失敗を前向きに捉える姿勢の正しさです。
主人公は、古い暦法を葬り改暦によって日本国に変革をもたらそうとする熱い一面と、ひたすらに困難にぶち当たっては失敗し立ち上がってはさらに前より巨大な壁に阻まれまた落ち込んでは再び立ち上がりを繰り返す苦労人という側面があり、この失敗とそこから這い上がることを繰り返す人生にこそ作者は強く惹かれたのだなと思います。
本作は様々な失敗をかき集めた失敗の宝庫でもあり、単純な自身の慢心による失敗、努力不足・未来への想像力不足による失敗、ここぞという時に天が味方してくれなかった不運による失敗、個人ではどうすることも出来ないような権力によって夢を妨害されるスケールの大きい失敗、挙げ句の果てにそれまで新しい息吹を日本にもたらすと信じていた暦法自体に欠陥が判明し過去を葬るために自らが吟味し世に発表した手段そのものの根本を正さなくてはならないという痛恨の失敗と、成功よりも失敗を何段階も重ねて描くことで、いかに失敗から得られる教訓こそが困難達成に不可欠なのかが自然と理解できます。
ここまで失敗をポジティブに描き、誰よりも失敗し恥を重ねてきた人生を誇らしく語る主人公の生き様には共感しかありませんでした。
最後に
正直、いくら何でも歴史上の人物を漫画チックにデフォルメし過ぎて、この物語の持つ深みを損なっていたり、歴史小説としては軽すぎる描写に違和感を覚えたりと、気になる箇所もありました。
しかし、それらを凌駕するほど、改暦という一大事業に挑戦し続けた渋川 春海 の人生が痛快なため不満など吹き飛びます。
中盤までは渋川 春海 視点でドラマチックに物語が進み、終盤になると途端に歴史を俯瞰するような視点となり史実として着地。結果、読後はこんな人物が本当に実在して、こんな事件が実際に起こったのかと現在と地続きの過去に思いを馳せるという、伝記小説の面白さに心底魅了されました。
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