著者 | 島村菜津 |
出版日 | 2013年3月15日 |
難易度 | 普通 |
オススメ度 | ☆ |
ページ数 | 約285ページ |
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本の概要
この本は、均質化の波と闘うイタリア人の苦労を知ることで、どこもかしこも似たような建物とチェーン店で埋め尽くされ、現在進行形で個性を失い続ける日本に警鐘を鳴らすという内容です。
いかに日本人が美意識を失い、無粋な建築物で町の景観を汚し、日々何よりも大切な日本らしさを放棄し続けているのか、その現実をイタリア人から冷酷に突きつけられるくだりは恐怖すら感じます。
均質化の波と戦う人たちの記録やそのファイティングスピリットに触れさせることで日本人の意識改革を図ろうとする一冊です。
均質化という静かに忍び寄る病魔を白日の下に晒す
alohamalakhovによるPixabayからの画像
この本は、かつて自分たちの住む田舎に自信を持てず過疎化に苦しんだイタリアの田舎町が、どのように均質化の波と戦い、結果故郷に誇りを持てたのか、どのように田舎町の個性を打ち出し人を呼び込むことに成功したのかをルポルタージュ方式で綴ったものです。
最近自分の中で非常に気がかりなのがこの均質化の問題です。町を車で走っているとどうして国道沿いの景色がどれも似たように乱雑で汚く、それがずっと長い間放置されているのか疑問が晴れませんでした。テレビやネットも同じような話題で埋め尽くされ、店には同じような商品ばかり並び、あらゆるエンタメコンテンツもほとんど似たような方向性で個性が乏しいと、なぜこんなにも世の中の物が似通うのか危機感を抱いていました。
タイトルであるスローシティとは、イタリアで人口が5万人以下の小さな町のネットワークのこと。
本の中で、このスローシティを推進するとあるイタリア人市長たち一行が日本を訪れ、日本の都市の景色の汚さに罵詈雑言を浴びせるくだりは衝撃でした。まるで洗練された先進国の人間に野蛮な風習を咎められるような気恥ずかしさを感じ、読んでいて情けない気分になります。
いかに日本はすでに均質化がほぼ終えようとしているのか、しかもそのことを日本国民は自覚すらしていないのか、その事実を突きつけられ、愕然とします。
イタリア人から見たら信じられないほどセンスのない美意識の欠如した汚い建築物だらけの場所に住み、そのことに気付いてすらいないという日本の現状はすでに手遅れなのではないかと焦りました。
この本は作者である島村菜津さんが自身も薄々気付いている日本が抱える深刻な問題をイタリア人に情け容赦なく罵倒されるという序盤の取っかかりが効果的で、このくだりを読むと危機感が共有され、すんなり中身に入っていけます。
イタリア人の田舎復興奮闘記
冒頭でいきなり日本の汚い景観へのだめ出しを聞かされ、危機感を抱いてから読み進めると、なぜこのイタリア人たちがこれほど日本への怒りを露わにするのか理由が分かりました。
この本を読むと世界の均質化の原因は単純な効率重視な経済のグローバル化の他にも、人々の美意識の欠如が要因であるということが判明します。
意外だったのが、イタリアの田舎町も実は過去に若者が都会へ流失し、そこら中の家が廃墟と化す深刻な過疎化を経験していること。あれほど美しいイタリアの田舎も、実はその景色の美しさに価値があると自分たちで信じていなかったという事実に驚かされました。
この点が何よりも重要なのは、イタリア人も田舎のことが最初から好きではなかったということ。そこから浮かび上がってくるのは、イタリアが均質化の波に襲われ、どこもかしこも似たようなチェーン店に覆われ自然が伐採されていく中、危機感を抱いた勇気ある人たちがイタリアの景観を守るため均質化と戦うべく立ち上がった事実です。
法を整備し景観を損なう建造物を建設することを違法とし、田舎に住まう人たちにいかに自分たちの暮らす場所が価値のある場所なのか啓蒙し、それを粘り強く何十年も持続したおかげでイタリア人は自分たちの国や田舎の自然豊かな景観に誇りを持てるようになったという話は教訓が詰まっていると思います。
均質化と戦うにはその国固有の文化を守るための法整備が必要な他にそこに住まう人たちの意識を改革しなければならず、この問題は面倒であると同時に、まだ自分たちの努力で均質化を押し返せる可能性が残されているという希望でもあります。
作者の島村菜津さんは、この本は別にスローライフが素晴らしいとか、みんなオーガニックな食べ物を食べようとか、田舎の自然は尊いから田舎に住もうとかそんなことを言いたいわけではなく、世界にはまだ均質化に対して諦めず、かけがえのない場所を守るため踏ん張っている人たちがいるということを伝えたかっただけだと書かれており、その熱い想いは充分伝わりました。
まさに本の冒頭のイタリア人が怒っている理由はこの日本人がかつて持っていた美意識を失い、日本の美しい景観を守るため闘う気力を喪失し、無気力に恥ずべき汚らしい建造物に囲まれ生活している態度に腹が立ったのだと分かります。
体に染みつく都会信仰を洗い流す
Joaquin AranoaによるPixabayからの画像
この本を読んで気付くのは無意識のうちに都会こそが正しい姿であるという思い込みに毒されている愚かさです。
うちの田舎は都会に比べあれがない、これが足りない、ここが劣っているとなぜか比較する必要のない都会と田舎を比べ都会にはあるのに田舎には無い物を必死で探そうとする態度を本書は全否定しており、これは読むと自分にも当てはまる箇所があるのでハッとさせられます。
ただ田舎に住まう人間から自信を奪うだけの全くもって無意味な都会信仰から脱却し、自分の住まう場所に秘められた可能性を最大限引き出す努力をするという非常に前向きな生き方を実践するイタリアの田舎町から非常に多くのことを学べました。
自分たちの住まう場所が他のどことも似ていないことが何より大切であるという貴重な視点に触れられるのは刺激的です。
最後に
全体的にやや田舎の美点だけ触れ、問題にあまりクローズしないというところは気になりましたが、均質化に抗う人たちの奮闘の記録は読んでいて抜群の面白さでした。
この本を読み、均質化という確実に世界を蝕む病理に日本よりもいち早く気付き対処を試みたイタリア人の賢明さに感服しました。
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