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【ホラー小説】まさかのリング越えの衝撃!! |『らせん』| 鈴木光司 | 感想 レビュー 書評

作品情報
著者 鈴木光司
出版日 1995年8月3日
評価 90/100
オススメ度 ☆☆
ページ数 約370ページ

小説の概要

 
この小説は、見たら一週間後に死ぬ呪いのビデオを見てしまった者たちが死の呪いから逃れるべく奔走する小説『リング』の続編です。そのまま話が繋がっているため前作を読んでいることが大前提ですが、前作の主要なエピソードはきちんとおさらいしてくれるため『リング』で起こった出来事を忘れていても特に問題ありません。
 
『リング』が、死ぬまでの一週間というタイムリミットを駆けずり回るノンストップスリラーだとすると、こちらは急かされることなく落ち着いて謎を解いていくミステリー調のストーリーと、前作と作風が異なるのが大きな特徴です。
 
タイムリミットがあり終始緊張が持続する『リング』に比べ、ゆったり進行するので序盤から中盤はスローペースに感じられるものの、前半の伏線が回収され出すと途端に面白さが増し、最終的には前作の衝撃を軽く超えてきます。
 
小説全体から前作『リング』を何が何でも超えてやるという意気込みが伝わってくるほどあらゆる点が正統続編としてパワーアップしており、名作『リング』の続編に恥じない完成度でした。
 

ただ、スリラーとしては前作のほうが圧倒的に優れているのでその点だけはどうしても物足りません

スリラーを捨て、謎解きの快感に全振り

 
この小説で最も驚いた点は、前作『リング』からガラリとアプローチを変えてきたことです。前作で最も印象的だった呪いのビデオという設定や一週間という死のタイムリミットを排するなど、前作の優れた発明を使い回し無難な続編にすることは何が何でも避けたいという強固な意志が感じ取れます。
 
あとがきで絶対に前作を超えてやるという姿勢で続編に挑んだと語られているように、前作で一度使用したアイデアは全て封印し、続編用に再度設定を一から練り直した跡が窺え、並々ならぬ情熱と手間が注がれているのが読み取れました。
 
この前作で使用したアイデアを全て封印、ないしはミスリードとして活用するという試みは概ね成功しており、前作のイメージを引きずっていればいるほど予想外の方向から衝撃を浴びせられるという新鮮な驚きがあります。
 
特に良かったのが、前作がビデオの呪いによる原因不明の心臓発作で次から次に人が死亡していくというオカルトに寄った設定だったのに対し、今作は主人公を解剖担当の監察医とすることでビデオの呪いで死んだ犠牲者たちを解剖し、呪いが具体的に人体にどのような影響をもたらすのかを医師目線で徹底的に説明するという点でした。
 
この、医師や科学者の視点を入れ一旦超常的な呪いを物理的なウィルスとして再解釈することで前作の主従関係が貞子さだこが主でウィルスが従だったのが見事に逆転し、もはや人間はウィルスの自己増殖を手助けさせられるしもべに成り下がり、前作よりウィルス周りの不気味さがより際立ちました。
 
ただただウィルスとしての無機質な生存本能のみが一人歩きし、どんなメディアを利用しても自己を複製し続け全人類にウィルスを感染させようとするという、もはや人間が介入することなど不可能な規模に拡大していく物語は軽く前作を超える面白さです。
 
ただ、完璧と言っていいほど優れていたタイムリミットサスペンスとしての魅力が消えたことだけが唯一残念でした。
 

どうしても『リング』に比べると語りの速度がノロノロしており、ストーリーは前作を遙かに凌駕していますが、読んでいる時の体感の楽しさでは五分五分といったところです

前作と同様の弱点

 
ストーリーの完成度は前作を凌駕しているものの、『リング』を読んだ際にも思った、肝心な箇所の設定強度がもろいという欠点はそのままでした。
 
今作は、ビデオの呪いを医学的に解き明かしていくという点は非常に優れているのに、終盤のビデオというメディアからウィルスが解き放たれ様々なメディアに感染が拡大していくという部分は描写がおざなりでイマイチでした。
 
その他にも、我が子を失った主人公の苦悩の描かれ方が弱すぎて最後に迫られる悪魔の誘惑があまり活きないとか、リングレポートを読むと前作の主人公が体験した出来事が我が事のように感じるという部分も読者がそう感じるのではなく単に登場人物がセリフでしか語らないため説得力が無いなど、終盤になると途端に登場人物と読者の感じ方にズレが生じ、フィクションとしてのご都合主義っぽさが増すというのも前作と同じです。
 
前作も今作も根本のアイデアは優れているのに、そのアイデアを成立させる肝心な描写・情報の積み重ねが足りないという弱点が共通で、どうしても終盤になると狂気っぽいことをセリフで言っているだけでこの小説そのものに狂気が宿っていないため、心の深い部分までは物語が響いてこないという事態に陥ります。
 

小説版と映画版との違い

 
この小説は映画化されていますが、正直原作小説の完成度に比べると映画版の出来は格段に見劣りします。
 

ただ主演の佐藤浩市は安藤という主人公のイメージと完璧に合致しており違和感がなく演技も冴えていました。佐藤浩市を主演でキャスティングしたのは100点です

 
まず、映画版は『リング』の次に『リング2』という映画のみのオリジナル続編が存在します。この『リング2』は原作小説とは一切関係なく、パラレルワールドという扱いなのでハッキリ言って蛇足でしかなく、見ても見なくてもなんら問題ありません。
 
映画を見る順番としては『リング』を見たら『リング2』を飛ばして『らせん』を見るのが正解です。
 
問題は映画版『らせん』は映画版『リング』の設定や展開を踏襲しているためこの原作小説とは内容がかけ離れていること。映画版『リング』も原作から大きく設定を変えているせいで、どうしてもそちらに引っ張られてしまいこの『らせん』という作品の本来の魅力は半減しています。
 
なぜなら映画版『リング』において、呪いのビデオに関する設定を原作から大きく改変したまさにその箇所が続編の『らせん』においては非常に重要となる部分だからです。そのせいでビデオのダビングとウィルスの突然変異を重ねるという設定や、ウィルスが自己増殖を図るため凶悪に進化していくという『らせん』最大の見所は薄れています。
 
それにあちこち駆け回る『リング』に比べて『らせん』はひたすら地味な伏線を敷いてラストに回収していくというほぼ室内だけで完結するようなスタイルなため、どうしても映像化すると『リング』のほうが古井戸に降りるなど、映像と相性の良いシチュエーションが多く、映像化の伸びしろは圧倒的に『リング』が上です。
 
さらに原作をそのまま忠実に映像化したとしても原作の面白さは活字でないと効果を最大限には発揮できないなど、そもそもどこをどう取っても『リング』より映像化に向いておらず、中途半端な完成度なのは仕方がないと思います。
 
そのため、映画版だけ見ても『らせん』という作品の真の魅力はほとんど理解できません。
 

おわりに

 
単純にストーリーの衝撃度だけなら『リング』を軽く上回ってきますが、どうしても『リング』のほうが無駄を削ぎ落とし美しくコンパクトにまとまっているため、どちらも甲乙付けがたい出来ではあります。
 
続編としては『リング』で積み上げたものを一切崩さないままより根幹のテーマを前進させるという離れ業を成し遂げており文句ありません。
 
なによりも、前作で一度使用したアイデアをあえて封印しそれを超えるアイデアだけで続編を成立させるという作者の気合いが心地良く、シリーズの続編としてはお手本のような出来でした。
 

リングシリーズ

 

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