著者 | 藤木稟 |
出版日 | 2001年5月 |
評価 | 80/100 |
オススメ度 | ☆ |
ページ数 | 約217ページ |
小説の概要
この作品は鎌倉時代の初期、陰陽師である四代目鬼一法眼 (作中では鬼一 法眼)が、鎌倉の都を守るべく怨霊たちと戦う……という話の筈が、もはや2巻以降は怨霊を鎮める話ではなくなり、鬼一法眼の関係者や鎌倉幕府、朝廷の人物達がコミカルなやり取りを繰り広げる群像劇に変わり果てました。
2巻と3巻は軽く前・後編のような関係となっており、2巻が登場人物の説明ばかり読まされ盛り上がりに欠けた分、3巻はスピーディに話が進み遙かに読みやすくなっています。
それに本編と平行し『竹取物語(かぐや姫)』のアフターストーリーが唐突に始まるという突拍子の無さは、性質の異なるアイデアを平気で混合するという藤木稟作品の真骨頂であるアクロバティックな作家性を堪能でき、好ましく感じました。
ただ、2巻以降はおふざけに走りすぎている影響で作品の背骨が歪んでしまったような違和感もあり、権力が腐敗している様を面白おかしく語るだけで、被害をこうむる市井の人々が不在の状態となってしまい緊張感が欠けているのがやや気になります。
これぞ藤木稟作品の醍醐味という不意打ち展開
3巻もこれまでと同様に鎌倉幕府内における源氏の派閥と、源氏から影響力を奪おうと画策する北条氏派閥との駆け引きや、鎌倉幕府を潰そうと手ぐすね引く朝廷の計略の話が主です。
しかし今巻はそこに藤木稟らしさが炸裂する、幕府と朝廷のゴタゴタの真っ只中に『竹取物語』のアフターストーリーを放り込むという大胆なアイデアが披露され、過去の2冊より遙かに作家性が濃密になりました。
『竹取物語』の中ではかぐや姫と竹取の翁 に比べ影が薄いかぐや姫の母であり翁の妻である女性に注目することで『竹取物語』を母と子の話という視点で捉え直し、その流れから鎌倉時代の政争の只中で、我が子を政治の道具にされる母親たちの機微に触れさせるというプロ作家の発想力に頭が下がりました。
それにこの作品が元々鎌倉時代初期の政治背景と、源平合戦が残した恨みつらみが怨念として絡まり合うという伝奇小説なのに、作中でおとぎ話として語られる『竹取物語』からもう一つ伝奇要素が加わり、歴史とおとぎ話という本来なら異なるレイヤーの設定が重なるような奇妙な感覚も新鮮でした。
これは『テンダーワールド』を読んだ際にあらゆるジャンルが互いに越境し合いごちゃ混ぜ状態となる感覚と似ており、藤木稟作品を読んでいるという幸福感に包まれる瞬間でもあります。
ただ、どうしても『竹取物語』のアフターストーリー部分はサブエピソード的な尺で描かれているので、もう少しここにページ数を割いて欲しかったという不満も残ります。
正直、『イツロベ』や『テンダーワールド』が、人間を進化させるオンラインゲーム“ゴスペル”や、モーゼの石版に繋がる“タブレット”という携帯型の量子コンピューターまで登場させて奇抜な展開を成立させていたのに比べると、今作は単にセリフで事の経緯を説明しているだけなのでやや物足りませんでした。
作品を蝕む安易な笑い
2巻と同様に今巻の最大の不満点はやはり安易な笑いに走りすぎたせいで、小説からシリアスさや緊張感が根こそぎ消え去ってしまった点です。
腐敗した鎌倉幕府や朝廷の人物たちを面白可笑しく描くだけで、肝心の悪政に苦しむ市井の人々の描写がなく、ずっとドタバタ劇を冷めた眼で眺め続けるような空虚さが付きまといます。
『テンダーワールド』のような、スケールの大きい話が語られる最中のここぞという場面で、とある宗教の神の名前が完全にオヤジギャグという死ぬほどくだらない、しかしキレ味鋭い笑いを入れるというメリハリがなく終始ダラけるだけでイマイチ乗れませんでした。
2巻から登場したオリジナルキャラクターが、実在する鎌倉仏教の教祖になり変わるブラックな笑いも、全体的にシリアスならこのどぎつい笑いも活きたと思いますが、結局それ以外も常にふざけているため、全体のおふざけムードに埋没してしまいピンときません。
最後に
2巻からコミカルな路線に走った影響で苦手な作風となってしまい、ここは正直慣れそうにもありません。
しかし、3巻目にしてようやく藤木稟小説らしい、想像を絶する奇っ怪な展開が本筋と平行することで妙な共鳴が起こるという興奮を味わえ、この点は大満足でした。
陰陽師 鬼一法眼シリーズ
タイトル
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出版年
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陰陽師 鬼一法眼 -義経怨霊篇- #1 |
2000年
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陰陽師 鬼一法眼 -朝幕攻防篇- #2 |
2000年
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陰陽師 鬼一法眼 -切千役之巻- #4 |
2002年
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陰陽師 鬼一法眼 -鬼女之巻- #5 |
2003年
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リンク