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怨霊 牛若丸の鎌倉幕府転覆プロジェクト 『陰陽師 鬼一法眼 -義経怨霊篇- #1』 著者:藤木稟 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:80/100
作品情報
著者 藤木稟
出版日 2000年1月

小説の概要

 
 この作品は、鎌倉時代の初期、夜な夜な怨霊たちが跋扈ばっこする鎌倉の都を舞台に、陰陽師である二代目鬼一きいち法眼ほうげん(作中では鬼一おにいち法眼)が、怪異の起こす事件を解決する伝奇小説です。
 
 陰陽師と言えば最初に思い浮かぶ貴族中心の平安時代に名を馳せた安倍あべの晴明せいめいではなく、あえて鎌倉時代という幕府がひらかれ武士が中心となった時代の陰陽師の活躍を描くという変わった設定となっています。
 
 平安末期源平合戦で謀殺された怨霊たちが鎌倉幕府の要人たちの心を操り幕府転覆をはかる怨霊視点の話と、陰陽師としての博識な知識や式神しきがみをはじめとする不可思議な術で、夜な夜な鎌倉で暴れ回る魑魅魍魎たちを退治する鬼一法眼視点の話が交互する構成は先が気になる面白さです。
 
 この1巻はまだまだ登場人物や舞台となる鎌倉、幕府内部の人間関係の紹介が主な序盤の序盤といった感じで、特に物語は動きません。
 

人間の業を喰らう怨霊たちの宴

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 この小説の魅力は、鬼一法眼視点も、敵である怨霊となり蘇った源義経よしつね視点双方に込み入った事情があり、ドロドロな人間関係のいざこざが描かれることです。
 
 小説内で一番の悪者は、同じ源氏ですら利用し、あくどいやり方で鎌倉幕府をひらいた源頼朝よりともという設定なため、異母兄である頼朝に使い捨てにされた義経側にも同情の余地が残ります。そのため、生前の恨みを晴らそうと幕府転覆を目指し手練手管を駆使する様にどこか痛快さすら感じてしまいました。
 
 それに一番の悪者であるはずの頼朝も、のちに源氏から権力を奪い幕府を掌握することとなる北条氏に手駒として利用される小者というイメージが強く、結局誰が怨霊を生み出した諸悪の根源なのか曖昧なままです。その恨みつらみの発生源を特定できないモヤモヤが、本作の怨霊とは人間の心の隙が生み出す存在であり、人間と怨霊は裏表で切り離すことは出来ないというテーマ性と完璧に共鳴し、物語に深みを与えていると思います。
 
 ストーリーも、鬼一法眼側は人間の清らかな心が生み出す正の循環で、怨霊側は人の欲が生み出す負の連鎖という構造で、これら陰と陽の話が複雑に絡まり合う様も陰陽師を題材とした作品らしい趣があります。
 
 作者の藤木稟さんの作品は『イツロベ』『テンダーワールド』『アークトゥールス』というSF寄りの三作品しか読んでいませんが、鎌倉時代初期の権力闘争に陰陽師と伝奇要素を加えるといい感じにドロドロな人間関係が増幅され面白さがより際立つという着眼点は大納得です。
 

この小説を読む前に平安末期から鎌倉時代の初期にかけての歴史を勉強したほうが権力者の移り変わりの背後関係が分かり、より深く楽しめると思います

腐りゆく鎌倉や陰陽師を支えるディテールの力

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 SF小説として凄まじい密度の情報量を誇る『テンダーワールド』を書いた作者だけあり、設定に手抜きは存在せず、陰陽師や怨霊といった存在が空虚に感じる瞬間はほぼありませんでした。
 
 ページ数がさほどないにも関わらず、冒頭執拗に鎌倉という都市の汚濁ぶりを描き、その後も怨念で鎌倉が腐り病んでいく描写を徹底することで、怨霊に脅かされる暗黒の鎌倉という舞台設定に入り込みやすく、読み始めると最後まで一気読みしてしまう中毒性があります。
 
 ただ、不満を挙げるとすると、もっとうまくミステリーの構造に落とし込めた話を雑に扱っている箇所が多く、終盤の種明かしが弱く感じることです。なぜ村上兵衛ひょうえに義経の怨霊が見えたのかという疑問に対する説明がいくらなんでもあっさり過ぎてやや拍子抜けでした。ここは、のちのち明らかとなる鬼一法眼の兵衛ひょうえを思いやる良心が巡り巡って結局義経を蘇らせてしまうという数奇な話の肝の部分なのでもう少し盛り上げて欲しかったという不満が残ります。
 
 それに登場人物のお披露目の巻とは言え、いくらなんでも鬼一法眼が無敵すぎて怨霊と対峙してもまったく緊張感が生まれない点も気になりました。この怨霊に必要十分な貫禄が足りないという問題と同様、全体的に様々な事件があっさり解決してしまうことが多く、場面場面はよく出来ているのに結局あまり盛り上がらないまま展開が流れてしまうというマイナスの印象が最後まで拭えませんでした。
 

最後に

 
 ラストは一件落着風のムードが漂うもののよくよく考えると別段なに一つ問題は解決していないなど、若干個々の展開の盛り上がりに欠け、読み終わった後の余韻はあっさり気味です。
 
 それでも、特殊な生い立ちゆえ暗い陰を持つ鬼一法眼をはじめとする陰陽師勢力や、義経をはじめとするどこか人間臭さも残す怨霊たちなど、キャラクターの魅力は十二分で、読み始めると一気読みしてしまう確かな魅力があります。
 

陰陽師 鬼一法眼シリーズ

タイトル
出版年
陰陽師 鬼一法眼 -朝幕攻防篇- #2
2000年
陰陽師 鬼一法眼 -今かぐや篇- #3
2001年
 
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