評価:80/100
著者 | 三津田信三 |
発売日 | 2009年12月10日 |
短評
しかし、なぜか事件が起こる中盤以降は話の勢いが失速するという、刀城言耶シリーズとしては珍しい尻すぼみな展開で、やや盛り上がりに欠ける内容。
怪異が蠢 く僻村というホラー色が濃い1作目の『厭魅』と、2作目の鳥人の儀という奇妙な儀式の最中に起こる密室事件という『凶鳥』の要素を足したような作りで、安定して面白い反面、元の作品のような濃さはなくあっさりな印象が拭えない。
奇妙な雨乞いの儀式もその最中に起こる密室事件も事前の期待に反してあまりにも地味すぎて全体的にインパクト不足。
神々櫛(かがぐし)村の恐ろしさ再び
この小説は、水魑 様と呼ばれる水神を崇める奈良の波美 地方の村で行われる雨乞いの儀式に立ち会うことになった刀城言耶が、怪しい儀式がキッカケで起こる陰惨な連続殺人事件の解決に挑むという内容です。
今作も一つ前の作品である『山魔の如き嗤うもの』と同様に、過去作の出来事の合間に裏ではこのような事件も起こっていましたという体で、過去シリーズのエピソードと交差します。
中でも『厭魅の如き憑くもの』と『首無の如き祟るもの』の二作を読んでいるとより深く楽しめる作りです。厭魅は事件の舞台となった神々櫛 村が今作でもかなり重要な役割を担い、首無は本編とは異なる視点からまだ進行途中の事件に触れる瞬間があり、すでに結末を知っているとヒヤッとさせられるという趣向が凝らされています。
ただ、刀城言耶シリーズは明確な続き物ではなく、基本はどこから読んでも大丈夫という一話完結に近い気軽さがあるため、このような過去作との関連エピソードをやたら盛り込むというのはどうかなとも思いました。
それでも、『山魔の如き嗤うもの』と同様、今作からいきなり読み始めても理解に支障はなく、過去作の細かい内容を忘れていたとしても問題はありません。
雨乞いの儀式に否応なく期待が高まる序盤~中盤
本作は、奈良の山奥にある波美 にまつわる民俗学的な考察が語られる刀城言耶視点と、最初は本編にどう関わるのか予想すら付かない、戦後に満州から引き揚げる引揚者である正一少年の視点が交互するシリーズでも変わった作りです。
中盤(400ページくらい)までは、かたや戦後から大分時間が経った京都にいる言耶と、かたや終戦直後の混乱の真っ只中の中国満州にいる正一という、場所も時間も異なる二つの視点がどう交わるのか気になり、一気に読み進めてしまいました。
特に、怪異が見えてしまう正一のエピソードがホラーとして面白く、満州から日本を目指す際に戦争が生んだ様々な異形のモノと遭遇したり、波美 でも人ならざる恐ろしい存在と接触する恐怖体験が語られたりと、作品全体に得体の知れない気味の悪さが漂い続け、何が起こるのかまったく予想ができません。
正一が満州から引き揚げ、母の生まれ育った地である波美 に命からがら辿り着いてからも緊張が途絶えることはありませんでした。正一がこの地でよそ者であるという読者に近い絶妙な立ち位置を利用して、4つある村のあちこちを探索し、怪しい箇所を片っ端から調べていくというくだりは、まるで見知らぬ地を冒険しているようで心躍ります。
この言耶の視点で波美の歴史風俗について長々と講義がされ読者はある程度その土地の知識を持っている状態で、今度は怪異が見えてしまう正一の視点で村々を実際に歩いて回りその場にいないと空気を感じ取れない禍々 しい異質な場所を発見していく楽しさはシリーズでも上位の面白さです。
持ち前の知識から波美を分析しようとする学者肌な言耶と、知識はなくとも勘で怪しい場所を特定し波美の隠された秘密に迫っていく正一の視点が交互することで、まるで言耶の立てた仮説を正一の勘が裏付けていくような心地よい絡み方をし、ホラーとミステリーが融合している刀城言耶らしい興奮が味わえました。
致命的なほど盛り上がらない雨乞いの儀式と怪事件
この小説は中盤まではスリル満点で、読み始めると止まらないのに、中盤を過ぎ言耶と正一、二つの視点が合流し雨乞いの儀式が始まり人死にが出だすと急に勢いが失速します。
この怪事件が発生しているのに話がイマイチ盛り上がらず、誰が死んでも緊張感が生じないという点は1作目の『厭魅の如き憑くもの』と非常に近いものがあります。
本作最大の問題は主役であるはずの雨乞いの儀式と、それに関連した連続殺人事件が想像していたより遙かに地味で、ほとんど興味が持てないことです。起こる事件がパッとしない上に、雨乞いの儀式が密室という設定も単調で面白味もなく、この件に話題が移るとホラー色が強い前半に比べ途端に退屈さが増します。
雨乞いの儀式の真相自体はショッキングなのに、言耶が自身の想像を淡々と口で説明するだけで済ませてしまい描写として踏み込み不足に感じます。しかも、それに関連して起こる連続殺人もあってもなくても特に関係もないほど比重が軽く小説全体が弛 んで見えます。
凶器となる水魑 様の神器のどうでもよさなど、取って付けた感が半端ではありません。
序盤を丸々使って波美という地を印象づけることに費やしたのに、肝心のこの地で祀られる水魑 様の印象が弱い上に、湖や川、雨といった水魑 様に関係する水に関する自然描写も不足気味で『厭魅の如き憑くもの』の山神ほど土地に対する畏怖の感情が湧きません。
この地を支配している龍璽 という水使神社の宮司も、絵に描いたような単純な悪役で、しかも具体的にどう恐ろしいのかという実例をきちんと見せず貫禄が不足しています。そのせいで個というものが消失した太平洋戦争中の日本と、龍璽 の言うことに逆らわずなんでも従う波美の人々、戦争中の特攻と水魑 様への生け贄を重ねて描こうとする試みもイマイチピンときません。
しかも、正一が波美の地で遭遇した怪異のような恐ろしい存在が実は……という非常にガッカリさせられる展開もあり、せっかく前半で怖がらせることに成功しているのにこのような肩透かし的なことをされると怖がったこと自体がバカバカしくなるので出来ればやめて欲しかったです。
総じて細かい問題の集積により、終盤の盛り上がりが致命的なまでに弱く非常にあっさりな印象しか残りませんでした。
最後に
中盤までは過去作に負けず劣らずの中毒性を維持していたのに、それ以降は失速し、刀城言耶シリーズ最大の魅力である数ある謎が連鎖的に解けていく快感が伴う推理パートも不発気味で全体的にパッとしませんでした。
それでも過去作に比べるとやや不満といった程度で、一本のホラーミステリーとしては充分過ぎるほど楽しめます。