著者 | 三津田信三 |
出版日 | 2007年5月7日 |
評価 | 85/100 |
オススメ度 | ☆☆ |
ページ数 | 約640ページ |
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小説の概要
この小説は、怪奇幻想作家である刀城言耶 が怪事件に関わるシリーズ三作目です。
かつて太平洋戦争の戦中・戦後に媛首 村で二度に渡って繰り返された怪事件を当時の証言や資料を元に小説化した同人誌を、さらに後世に刀城言耶が再編成したという非常に凝った設定となっています。
ホラーとミステリーが融合する作風を持つ刀城言耶シリーズにしてはほぼミステリー小説化しており、ホラーを期待すると拍子抜けさせられます。
しかし、二転三転どころか四転五転と衝撃の真相が矢継ぎ早に明らかとなる怒濤の謎解きパートの興奮はシリーズでも飛び抜けて最高でした。
シリーズ一作目の『厭魅 の如き憑くもの』と同様、複数の人物の証言を繋ぎ合わせ事件の真相に迫るスタイルに加え、この小説そのものがかつて同人誌に掲載された小説を後に刀城言耶が再構成したものという体裁なため、一体何が真実で何がフィクションなのか、その不確かさにも幻惑されるシリーズ随一の傑作です。
前作からガラッとスタイルを変えた、入り組んでいるのに読みやすい語り口
今作は、序盤を読むだけで明かな通り、これまでの刀城言耶シリーズの中でも刀城言耶本人が事件に関係しないという特異な形式を取っています。
怪事件を実際に経験した者の話を聞きそれを小説として書き起こした同人誌版を元に、さらに刀城言耶が後に判明した新たな情報を加えて編集したものという、主人公がほぼ何も事件に関与しない過去二作とはまったく毛色が異なった内容です。
前作の『凶鳥 の如き忌むもの』は、刀城言耶が事件そのものに立ち会い、主人公目線で謎の儀式に肉薄するような見せ方でした。それに対し、こちらは戦中と戦後にまたがる二つの事件を俯瞰して眺めるような引いた視点を取っており、受ける印象が別物です。
事件を目撃した者たち複数の証言を繋ぎ合わせて真相に迫っていくというスタイルはシリーズ一作目に非常に似ています。さらに、今作は過去二度に渡って起きた事件を目撃した者と、その体験談を元に小説を書いている作者の視点が行ったり来たりする構造なため単純な視点の数はより増えています。
ですが、今作は刀城言耶シリーズの肝である舞台や怪事件に説得力を加える膨大な説明が冗長にならないようストーリーの流れに自然に組み込む工夫が施されていることに加え、視点も誰のものなのか見失わないよう整理され遙かに読みやすくなっているなど、シリーズを重ね理想的な進化を遂げていると思います。
事件そのもののスケールで引っ張るサスペンス性の強い二作目『凶鳥』に対して、こちらはなぜ同人誌に掲載された小説を刀城言耶がわざわざ編集し直したのかという、この小説そのものの成り立ちの謎で引っ張るトリッキーな作りで最後まで事件への興味が薄れることはありませんでした。
元々このシリーズは一作目から作品のポテンシャル自体は非常に高く、そのためうんざりするほどの説明が立ちはだかっても次作も読みたいと思わせるパワーがありました。それが三作目に至って説明を読まされる苦痛は消え去りようやく心の底からホラーとミステリーが融合した作風の心髄を堪能することができました。
興奮しすぎて読書を中断することすら困難な謎解きパートの快感
この小説は全体が違和感の塊です。
冒頭に刀城言耶から軽くこの小説が生まれた経緯が解説され、自分はこの事件に関わっていないという但し書きがあり、次にこの小説の元である同人誌版の本物の作者の解説が入り、この小説は自分が体験したことではないという説明が再びされ、どういうことだと疑問が生じます。
小説の冒頭で二人の作家が続けてこの小説は実体験ではないという注意を繰り返すという異様な書き出しから一体何が始まるのかワクワクし、一瞬で話に引き込まれました。同時に「これは絶対に大がかりなトリックが仕掛けられている!?」と身構えさせられ、注意力が自然と向上する効果もあります。
しかも、同人誌版は事件関係者の証言を元に読み物として読みやすくするためにあえて小説という体を取っているという設定で、実際の証言に作者の手が加えられており最初から最後まで確かなものがほぼ存在しません。
ただ、登場人物に感情移入させずに多層の物語を常に一歩引いて俯瞰で体験させるという作りがホラーとすこぶる相性が悪いのか、ホラーミステリーなのに読んでいて怖さを感じる瞬間はほぼ皆無でした。
その分この異様な語り口の謎が全て解明されるラストの謎解きパートは過去二作とはもはや別次元の完成度でした。この謎解きパートの二転三転ぶりは凄まじく、媛首 村で起こった二つの怪事件に対する真相の究明と、さらにそもそもこの小説の異様な語り口の謎も解き明かされと、普通のミステリーの数倍のボリュームに圧倒されます。
謎解きが終わったと思ったら次の謎に移り、それが終わると前に解き明かされた謎の奥に隠された謎が浮かび上がり、その謎を解いている途中でもう一つ謎が生まれ、その謎を解いていると最初の謎の奥のさらに奥の謎が判明しと、疑問が次から次に消失するテトリスのような謎解きの連鎖は快感でした。
前作の『凶鳥』が衝撃的な内容に対してトリックそれ自体はシンプルだったので無意識的にそれくらいのものを予想していましたが、あまりにぶっ飛んだトリックに事前の予想を裏切られ嬉しい誤算を味わえます。
最後に
正直スッキリするミステリーよりも何も解決せずもやもやしたまま終わり胸焼けのような不快な後味が尾を引くホラーのほうが好みなので、このミステリー特化の作りは手放しでは喜べません。
それでも、一作目で大量の説明を読まされ辟易していたのが嘘のようにシリーズを重ねるごとに作品のキレが増し、今作でついに突き抜けた完成度にまで達しこのシリーズの虜になりました。
刀城言耶シリーズ
タイトル
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出版年
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厭魅(まじもの)の如き憑くもの #1 |
2006年
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凶鳥(まがとり)の如き忌むもの #2 |
2006年
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山魔(やまんま)の如き嗤うもの #4 |
2008年
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水魑(みづち)の如き沈むもの #5 |
2009年
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幽女の如き怨むもの #6 |
2012年
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