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心臓が弱い人は読んではいけないホラー小説 『ぼぎわんが、来る』 著者:澤村伊智 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 澤村伊智
発売日 2015年10月30日

小説の概要

 
 この作品は、“ぼぎわん”という、小説オリジナルの妖怪の謎を解き明かしていく民俗学ホラー小説です。視点が複数の人間を跨いでいく群像劇でもあります。
 
 個人的に“ぼぎわん”は危ないツボに入る怖さで、恐怖で数週間は“ぼぎわん”に怯える日々を過ごしました。
 
 身の毛もよだつホラー小説でありながら、“ぼぎわん”がなぜ訪ねてくるのかが徐々に判明するごとにメッセージ性が浮かび上がってくるミステリーでもあり、作者のデビュー作とは思えない傑作です。
 
 ただ、序盤は圧巻の怖さと面白さなのに、中盤以降作者が突然登場人物の口を借りて自分の言いたいことを一方的にしゃべり出すのがやや説教臭い上に、やたら場違いの霊媒師のキャラクターが登場しラノベのような雰囲気となり、そこはまったく好きになれませんでした。
 

本能が警告を発する不気味な来訪者

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 まずこのホラー小説は“ぼぎわん”が恐怖のツボに入るとシャレにならないほど恐ろしく、ホラーに耐性がない場合は読まない方が得策だと思います。
 
 自分の場合、序盤に主人公の家をぼぎわんが訪ねてくるシーンがこれまで見たホラー映画や小説、漫画、ゲームの中でも気味の悪さが飛び抜けており、軽くトラウマになりました
 
 ある日突然家を訪ねてくる“ぼぎわん”の恐怖度はメーターが振り切っており、本能的に体が「これはダメだ、これ以上読んではいけない!?」と警告を発するほどの恐ろしさで、このシーンを読んでから数日は家の中の暗がりが恐ろしく、夜中にトイレに行くことすらためらうほど震え上がりました。
 
 ぼぎわんが訪ねてくるシーンは、少年が家でダラダラと過ごす何気ない状態で起こるため、日常から非日常への移行があまりにもシームレスで、現実でも“ぼぎわん”がなんの前触れもなくひょこっと現れる場面を想像してしまい日常が狂気に浸食されてしまいます。
 
 “ぼぎわん”は民間伝承で語られる正体不明の妖怪か、もしくは原因不明の恐怖体験そのもののような怖さで、理由は分からないし説明もできない、とにかく知ってはいけないものを知ってしまったような、この世の中にある触れてはいけないゾーンに踏みいってしまったような生理的な気味の悪さが先行し、そこらのホラー作品とは怖さの質が異なりました。
 
 この小説はミステリーのような構造も持っているため、後半に行くにつれなぜ“ぼぎわん”が家を訪ねてくるのかという理由が虚構の文献を読み解くことで徐々に明かされていくのですが、むしろ説明されることで怖さが治まっていく終盤がありがいたいと感じます。
 

急激にラノベ化して興味が失せる中盤以降

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 この小説は主人公が“ぼぎわん”と出会う幼少期の恐怖体験から始まり、その後視点が主人公から妻へ、そこからさらに別人に移っていくというトリッキーな構成です。
 

映画で言うと『ゴーン・ガール』ですね

 
 そのため、“ぼぎわん”と密接に関係する主人公から視点が変わる中盤以降はそれほど視点の主と“ぼぎわん”に接点がなくなり怖さは後退します。
 
 さらに、作者にとってデビュー作なのにも関わらずシリーズものとして売りたいのかラノベに出てきそうな極端にフィクショナルな霊媒師の姉妹が登場し、これが“ぼぎわん”の怖さとちぐはぐなリアリティなので、途中から白けて話に興味がなくなりました。
 
 しかも、途中からいかに男というものが無能でクズで役立たずなのかという、大演説大会が長々としつこく続くので、意図は分かるもののやり過ぎなほど説教臭く辟易します。
 
 序盤はシャレにならないほどの怖さがプラスに働き好奇心でページをめくり続ける異常な心理状態だったのに、中盤以降はラノベ化し、地に足着いていない変なキャラクターがほとんど霊と取っ組み合いの肉弾戦を始め、一冊の本の中で落差が大きいまとまりのなさが好きになれませんでした。
 

映画版『来る』との比較

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 映画版『来る』は、日本の小説原作の映画としては典型的な、とにかく原作小説というものを映画のアイデア・パーツカタログ程度にしか思っていないような出来で、映画の完成度とは関係なく見ていて不快でした。
 
 この映画版は、原作小説全体の雰囲気が好きなのではなく、小説内にある特定のアイデアや設定、メッセージだけが欲しくて他は興味がないという態度が明確で、自分が欲しい部分だけ抜き出し、その他の部分は捨てているため、表面上のストーリーやメッセージは同じでも、作品から受ける印象はまったく異なります。
 
 日本の小説原作映画は、このような小説をただのアイデア・パーツカタログとして、自分の映画に都合の良いアイデアだけ拾うという作り方が本当に多く、多分映画のスタッフも出演者も誰も原作小説を読んでいないし、原作らしさを理解する気もないんだろうなという不信感しか抱きません。
 

最後に

 
 とにもかくにも“ぼぎわん”の怖さが個人的にツボすぎて、四六時中自宅を訪ねてくるのではないかという恐怖に苛まれ、読んでしばらくはまともな日常を送れませんでした。
 
 何か人ではない気味の悪いものが自宅を訪ねてきて、もうすでに故人となった家族の名を呼びながらなんとしてでも家の中に入ってこようとするという設定を聞いて生理的な恐怖を覚えるなら絶対に読まないほうがいいです。
 
 なんだかんだ不満はあるものの、さすが第22回日本ホラー小説大賞を受賞しただけのことはあり、読んだことを後悔するほどの恐怖を味わえ、ホラー小説としては文句なしの完成度でした。
 
 
 
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