著者 | 小池真理子 |
出版日 | 1988年7月 |
評価 | 75/100 |
オススメ度 | - |
ページ数 | 約286ページ |
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小説の概要
この小説は、墓地と火葬場が近いという悪条件のため破格の安さでマンションを購入した家族が、マンションに巣くう得体の知れない何かに追い詰められていくホラー小説です。
エレベーター以外に行き来する手段がない地下の物置に何かがいるという呪われたマンションや、先に入居していた住人たちが気味の悪さに次々と引っ越し大きなマンションにひと家族だけ取り残される恐怖など、設定や展開は魅力的でテンポの良さ相まって読んでいて退屈と感じる瞬間はありませんでした。
ただ、マンションはじめ近隣の土地がなぜ呪われているのか理屈が弱いとか、登場人物が抱える悩みとマンションで起こる怪現象があまり関係しておらず話がちぐはぐな印象を受けるなど、設定や展開に説得力が不足しているため盛り上がり切らず読み終わるともう一押し足りなかったという強い不満が残ります。
呪いのマンションで孤立する恐怖
この小説で最も恐怖を感じたのが、入居者が次々と去っていく呪われたマンションに最後の住人として取り残されるという悪夢の展開でした。
主人公夫婦が引っ越してくる前からマンションに住まう住人たちは概ね好意的な人物が多く、しかも人物を描写する際に人間の表と裏の表情を嫌悪感が生じないギリギリを狙ったバランスで描くため、どの登場人物も悩みを抱えた隣人として自然と親近感を抱きます。
中にはほんの少ししか素性を明かさずマンションを去る住人もおり、もう少しあの人たちの詳しい背景を知りたいと思わせるほどの力がありました。
この同じマンションに住まう住人たちがベタベタしない距離感で好意的に描かれているという点は、前半はまともな人がいるという安心感として機能し、後半はその人たちが徐々に気味の悪い怪現象が頻発するマンションから去っていき心細さに拍車がかかるという恐怖展開に寄与するなど、人物の描き方がホラー小説として適切な効果を生んでおり、ここは大きな長所だと思います。
小説全体を通して恐怖の源泉であるエレベーターでしか行くことが出来ない不気味な地下の物置も、途中から地下の物置と繋がっているエレベーターに乗ることそのものが恐怖となり、誰かがエレベーターに乗るたびに緊張が走るなど、ホラー小説として確かな存在感がありました。
ただ、この地下の物置は最初から主人公が過剰に怖がるのと、かなり序盤で人ならざる何かがそこにいるということを明かしてしまうため若干ためが足りず早急に感じます。
地下の物置はもっと何かが起こりそうで起こらない状態を長く維持し十分引っ張ってからどう考えても人ならざる何かの仕業としか思えない奇怪な事件が起きるくらいで良かったのに、最初から不気味な場所として描いてしまったせいで初期の印象が激変するショックがなく、やや淡白だなと思いました。
恐怖を墓地に頼りすぎ問題
この小説の最大の欠点は恐怖の拠り所を墓地に頼りすぎたということに尽きます。
ハッキリ言ってこの小説で起こるあらゆる怪奇現象の原因は近くに墓地があるからというだけのことで、タイトルが『墓地を見おろす家』なので墓地が関係しているのは当然としても、さすがにここまで話を墓地に依存しすぎると手抜きにしか見えません。
これだと日本中のあらゆる墓地の近くで怪奇現象が起こってもおかしくないことになります
序盤に説明される、かつて街の再開発計画の一環として地下商店街を作るため霊園の下を掘ったという理屈だけだとさすがに不十分で、これだけで怪奇現象を納得しろと言われても無理があります。
当然終盤にかけて秘匿されていた衝撃の事実が判明し、もう一、二ひねりくらい急展開があるのかと思いきや序盤で説明された以上の設定は出てこず、そのまま盛り上がりもせず終わるため読後は非常に浅い話だったという不満が強く残ります。
それと、人物描写が記号的にならないという長所はあるものの、各々が抱える悩みがマンションの件とあまり反響し合わず、そのせいで行動を起こす際の動機を強化しないため、読み終えると結局ただ悩んでいただけなのかというモヤモヤが残ります。
全体的に設定や展開に“なぜそうなのか”、“なぜそうなるのか”という説得力が欠けているせいで、何気ない日常描写は問題なくてもここぞという場面になればなるほど細部の粗が気になり出し気持ちよく物語に身を委ねることが出来ませんでした。
最後に
ホラー小説としては及第点と言っていいほど、不気味な地下の物置や誰もいなくなったマンションに取り残される恐怖など、優れた箇所は多数あります。
夜中に読むとトイレに行けなくなるくらいは怖いです
ただ、この小説は作品内の全てに説得力が不足しており決定的に盛り上がる瞬間がありません。
例えるなら、短篇小説をムリヤリ長篇小説に引き延ばした際に起こりがちな設定だけそれっぽくそれを成立させる情報量は圧倒的に欠けている状態に近いものがあり、手放しで名作と言えるような出来ではありませんでした。
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