著者 | 貴志祐介 |
出版日 | 2020年3月27日 |
評価 | 80/100 |
オススメ度 | ☆ |
ページ数 | 約352ページ |
- 小説の概要
- 貴志祐介のSF観が堪能できること請け合い
- もはや絶望がホラーですらある「夜の記憶」
- 植民惑星に蔓延する謎の信仰に迫る「呪文」
- 罪人が選ぶ答えはなぜいつも間違いなのか「罪人の選択」
- 人類対チミドロの長きに渡る戦い「赤い雨」
- 最後に
- 貴志祐介作品
小説の概要
この小説は、過去に雑誌掲載された短編の中でも、罪や罪人といった題材を持つ4つの物語が収録されたSF短編集です(SFでない短編も一作あります)。
突出して傑作という短編はない代わりに、プロ作家としてデビューする遙か前に書かれた「夜の記憶」はじめ、貴志祐介の得意とする緻密な設定の空想生物が登場する話が多く、SF短編集としては上々の完成度でした。
貴志祐介のSF観が堪能できること請け合い
この本は、過去に様々な雑誌に掲載された短編の中で、主にSF作品を中心とした4作が収録された短編集です。全て雑誌に掲載されたもので、書き下ろしはありません。
SF短編集なのによりにもよって表題作の「罪人の選択」だけSFではないというのが微妙ですけどね
このSF短編集の最大の魅力は、貴志祐介さんがSFを書く上で最も得意とする体内の器官から生態系まで細かく設定された架空の生き物をベースとして世界観が構築されている点です。
『新世界より』と同様に、架空の生物とそれらが暮らす生態系の説明がとても長く、この生き物に対する熱量が貴志祐介SFらしさだなとつくづく思います。
TVアニメ版の『新世界より』ではこの架空の生物の説明部分がほとんどカットされており、貴志祐介SFの魅力が真に味わえないのが残念ですけどね
もはや絶望がホラーですらある「夜の記憶」
4つある短編の内の1作目。4つの短編の中で唯一プロの作家としてデビューする前のアマチュア時代に書かれた作品。
舞台は太陽系から遠く離れたどこかの惑星。光が存在しない強酸の海に生息する謎の海洋生物と、人間の男女の回想が交互し、この二つの話にどのような接点があるのか、徐々に真相が明かされていく。
地球とはまるで異なる環境の中、独自の進化を遂げた海洋生物に関する淡々とした描写が導入部というのが貴志祐介らしさ全開で、1作目としては最も相応しい短編だと思います。すでに作家デビューする前から作風が固まっているのを知ることが出来るという点も貴重でした。
4つある短編の中でも、このエピソードの全てが過去に終わってしまっており、何もかもすでに手遅れという絶望的な余韻が最も好みです。
もろに『百億の昼と千億の夜』ですけどね
最初はまったく意図が分からない海洋生物に関する説明も、後々回想シーンの意味が分かるとより自分の意志でどうすることも出来ない環境に置かれている絶望が増幅され、輝かしい記憶というのが時には苦しみの源泉にしかならないというホラー小説のような救いのなさが最高です。
これをループ構造にしたら『ダークゾーン』になりそうですね
植民惑星に蔓延する謎の信仰に迫る「呪文」
4つある短編の内の2作目。
人類が宇宙へ進出した遠い未来、恒星アマテラスの第4惑星まほろばが舞台。国家というものが衰退し利益のみを追求する巨大な星間企業が宇宙を支配する中で、あちこちの植民惑星に神仏を崇 めるのではなく呪い、怒り、憎悪する諸悪根源神信仰という謎の信仰が同時多発的に発生。その調査のため、日系の移民者が多いまほろばに派遣される日本文化の専門家が、なぜ植民惑星への移民者の中に神を憎悪する信仰が生まれるのかその原因を探る。
この短編は『新世界より』の神栖66町や呪力、バケネズミに非常によく似た設定が登場し、同作を読んでいるとより楽しめます。
過酷な環境で暮らす宇宙移民者たちが神への感謝を止め、ひたすらに神を汚い言葉で貶 し、神を模した偶像を傷つけ破壊し恨みをぶつけ続けるという異常な信仰が蔓延する原因を調査していくという設定は興味を惹かれ、単純に読んでいる時の楽しさで言ったらこの短編が一番でした。
『新世界より』で言うとバケネズミの生態を調査するために派遣される人物の視点ですね
宇宙を支配する巨大な星間企業の中に一社だけ日本のゲーム会社が神の如く君臨しているというジョークがいかにも貴志祐介作品らしく、ここのバカバカしさは素直に笑いました。
ただ、他の短編にも言えることですが、やはり貴志祐介さんのディテールに凝りまくる資質は長編向きで、短編だと設定を説明するだけで物語に生かし切れないまま終わってしまうケースも多く、オチにもうひとひねりが欲しいという不満も残ります。
罪人が選ぶ答えはなぜいつも間違いなのか「罪人の選択」
4つある短編の内の3作目。この短編のみSFではなくただのサスペンスです。
舞台は、太平洋戦争終結直後の1946年と、その18年後の1964年の二つの時代。戦時中に幼馴染みの妻を寝取った男と、資産家の娘を誘惑し金銭を騙し取った詐欺師の男、この二人の罪人が罪を償うため死のゲームを強制されるという話。
罪人の話ではあるものの、この短編だけ他とは異なりSFではなく死のゲームを行うサスペンスで、設定的に浮いているのがやや気になりました。
話としては密室に監禁された男が、毒入りの二つの飲食物を提示され、ヒントから正解を推理し正しい物を選ぶと助かり間違った方を選ぶと毒で死んでしまうという、心理的な駆け引きが主のシンプルな内容です。
悪人は悪人ゆえに相手の悪意ばかり見ようとして、相手が善意で出すヒントを無視し思考がドツボにハマるという皮肉が効いた話で、サスペンス短編としては非常に楽しめました。
ただ、これも他の短編と同じくオチがややあっさり気味で、もう少し後味が最悪な余韻を残してくれたら文句ありませんでした。
人類対チミドロの長きに渡る戦い「赤い雨」
4つある短編の内最後の1作。
チミドロという人工的に作られた新種の藻類に地球が飲み込まれ、チミドロが原因の奇病RAINが蔓延する未来の地球が舞台。人類は特権階級が住むドームと下層階級が暮らすスラムに別れ、互いに憎み合う関係が常態化。そんな中、ドームで進んでいたチミドロを除去し青い地球を取り戻す巨大なプロジェクトが頓挫する。RAINの治療法を見つけるためドームへ移住してきたスラム出身の主人公はその決定に納得が行かず、ドームのルールを無視し独自にRAIN治療法を探す決意をする。
チミドロという藻類の設定は相変わらず細かく読んでいて楽しいものの、正直4つの短編の中で一番パッとしない読後感でした。
ドームの内側が楽園で外側が地獄という対比のさせ方や、いかにも傲慢なだけの特権階級の薄っぺらい描き方など、どこかで見たことがあるような設定の寄せ集めで、しかもテーマも親が子に託す未来というありきたりなものや、地球規模の問題に人類全体が一丸となって挑まなくてはならないというお決まりの結論は取って付けたような内容で、退屈ではないものの全体としてはインパクト不足でした。
繰り返しになりますが、やはりオチがあっさりし過ぎてあまり尾を引く余韻がなく、読んでいる最中は面白くても読み終わると途端に印象が薄まるというのは他の短編と同様です。
最後に
4つの短編の中では「夜の記憶」と「呪文」が特に好きです。出来れば小説全体のテーマ性をより引き締める書き下ろし短編が一作あれば文句ありませんでした。
それでも、元々バラバラに掲載された短編をまとめただけという割に全体としては作風は一貫しており、飛び抜けて記憶に残る傑作はないものの、どれも貴志祐介さんの作家性が濃い世界観設定に凝った短編ばかりで、退屈なエピソードは一つもありません。
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