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【小説】屍のような人間と人間のような屍 |『妖都』| 津原泰水 | 書評 レビュー 感想

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作品情報
著者 津原泰水
出版日 1997年10月
評価 95/100
オススメ度 ☆☆☆
ページ数 約416ページ

小説の概要

 
この小説は、インディーズバンド“CRISIS”の人気ボーカリストであるチェシャの自殺をキッカケに、東京に死者が溢れ出し世界が変容していく様を淡々とした筆致で描く群像劇スタイルの幻想文学です。
 
作風は、映画監督である黒沢清作品(特に『回路』)と非常によく似ており、東京に死者が溢れ出す秘密を解き明かす話ではなく、生者の世界が終わり死者の世界が訪れる、東京が別の何かに生まれ変わる成り行きを一歩引いた視点で眺めるだけという抽象的な内容のため、読み終えても作中の謎は一切不明のままです。
 
両性具有に近親相姦、ドラッグ、売春、陵辱、猟奇殺人とインモラルな要素を散りばめた退廃的な美と暴力に満ちており、欲深い人間が生み出す様々な背徳に酔い痴れ墜ちていく作風は好きな人間にはたまらない傑作です。
 

何かが死に、何かが生まれる瞬間に立ち会う怪奇譚

 
この小説の美点は多数あり、東京が得体の知れない何かに変態していく妖しいムードや、物語が進むごとに謎のベールに包まれたカリスマボーカリストの自殺の真相が見え隠れする展開と、見所は尽きません。数ある長所の中でも特に好きだったのが、群像劇の中で次々と登場しては消えていくキャラクターと物語の繊細せんさいな距離感です。
 
登場人物ほぼ全員、好感を抱くほど善人でもなく、かといって嫌悪を抱くほど醜悪でもなく、思い入れを持つほど心に踏み込まず、かといって無関心では済まされない秘密を共有し、物語には関係がありそうで特になく、どこにでもいそうだけど特別にも見えるという、自ら主張しないゆえに主張が際立つような、そんな掴み所のない人間の描き方が心地良くすらありました。
 
これら、主役と呼ぶには決定的に何かが欠け、脇役と呼ぶには濃すぎる登場人物たちを、決して大きなスケールの物語に従属はさせず、壊れそうで壊れないでもいつか壊れるだろうという不安の中に放り込み、巨大な物語と対峙させる大胆さと繊細さの綱引きが癖になります。
 
この、ほとんどが自分のことしか考えていない矮小な人物たちの小さな物語と、東京に死者が溢れ出し世の中が変容していく大きな物語完全に均衡きんこうさせ続ける作者のバランス感覚は圧巻でした。
 
作者の経歴を調べると、この作品はそれまで少女小説家として生きてきた自分を脱ぎ捨て、大人向けのエログロ幻想文学に挑戦する、まさに作家として新しい何かに羽化する瞬間が刻まれた小説でもあると分かり、この異様な作風にも納得がいきました。
 
多分、作者自身が作家人生で感じてきた違和感や様々な感情を各登場人物に宿らせているため、このような妖しく生々しい、全員脇役なのに脇役はいないというシュールレアリスティックな群像劇が出来上がったのだと思います。
 

死者というモチーフで結ばれた作品たち

 
この小説を読んでいる最中、ずっと似たような作品を知っているという既視感のようなものを覚え続けました。この感覚は一体なんだろうと思案すると、黒沢清映画を見ている際の雰囲気に似ているんだなと思い至り納得。
 
インディーズバンドのカリスマボーカリストの自殺を機に、東京に死者が溢れ出し、あちこちで人の欲望のたがが外れたように残虐な事件が発生していくという、設定だけ読むとホラーなのに中身は淡々とした文学調という作風が極めて黒沢清監督作品に似ており、黒沢清映画が好みな人間にはどストライクでした。
 
その他にも、登場人物に感情移入させず一歩引いた視点で人や世界を観察・傍観させる距離の取り方や、ホラーをホラーとして見せない、怖がらせるのではなく不思議がらせる語りや、登場人物たちの心の変化と世界の変容が重なる非常にシュールレアリスティックな作風と、似た箇所は枚挙にいとまがありません。
 
それもそのはずで、Wikipediaを調べると死者が登場するという話の原案はアニメの『serial experiments lain』の脚本家でもあり、日本のホラー映画に多大な影響を与えた小中千昭さんだったと知り、どの作品も根っこが同じなのだと不可思議な縁のようなものを感じました。
 

死者が溢れ出すという話を、映像表現に特化させた『回路』と、サイバーな世界観にした『serial experiments lain』と幻想文学でトリップさせる『妖都』はそれぞれ同じような設定を違う方向性で描いた兄弟のような作品ですね

最後に

 
この小説は明解なストーリーと呼べるものは存在せず、とにかく掴み所がないため、黒沢清映画と同様に好きな人間はとことん好きでそれ以外はまったくピンとこないという極端に好みが別れる内容で、実際に自分で読んでみないことには雰囲気が合うかどうか判断のしようがありません
 
エログロが大好きで、何よりも人間が発する退廃と暴力と死の匂いに惹かれるなら試してみるのも一興だと思います。
 
 

 

 

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