著者 | 宮尾登美子 |
出版日 | 2004年11月1日 |
難易度 | 普通 |
オススメ度 | ー |
ページ数 | 約279ページ |
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本の概要
この作品は、NHKで2005年に放送された源義経 の生涯を描いた大河ドラマ『義経』の二作ある原作(『宮尾本 平家物語』と『義経』)のうちの一作です。
しかし、同名タイトルながら大河ドラマ版は『宮尾本 平家物語』のほうを原作としており、こちらはまったく関係がありません。そのため、これを原作としてクレジットするのは無理があると思います。
片方が『平家物語』で片方が『義経』で義経のほうが関係が薄いというのは完全に罠ですね
それに作者が自身の想像を交えながら義経の歴史を読者に語り聴かせるような、普通の小説とかけ離れた作風となっており、小説というよりは随筆(エッセイ)なため、物語を堪能するという気分には到底なりません。
ただ、原作とドラマ版でどこの箇所に手を加えたのか、それによってどのような効果を出そうとしたのかは明瞭なため、これを読むと大河ドラマ版がより深く楽しめるようになるのは確実です。
なぜこうなるのか? まったく別作品である原作と大河ドラマ版
この本を読もうと思ったキッカケは単純で、NHKの大河ドラマ『義経』のストーリーに心の底から魅了されたためです。なので、原作と大河ドラマ版との違いを確認しようと読み始めましたが、いきなり冒頭から驚きの連続でした。
大河ドラマ版はあまり史実に囚われずドラマチックな展開を作るためなら平気で歴史的な出来事の前後を入れ替えるなど手が加えられていますが、それに対しコチラは非常に史実ベースで、基本的に史料に書かれていない、調べても事実関係が確認できない出来事は除かれています。
原作には義経と弁慶が五条大橋で出会う場面も勧進帳もありません
そのためコチラと大河ドラマ版とは完全に真逆のスタンスの作品となっており、共通点を見出すほうが困難でした。
ただ史実に忠実な分、大河ドラマ版がどのような脚色を施しているのかが非常に分かりやすいため、これを読むとドラマ版の印象がより上向きました。
例えばコチラでは、平治 の乱のおり、頼朝を助けて欲しいと平清盛に懇願した池禅尼 の息子、平頼盛 は、平家の都落ちの際にどちらかと言うと積極的に落ち目の平家を見限って鎌倉に下り、頼朝を救った池禅尼 の息子ということで頼朝に優遇されたとなっています。
しかし大河ドラマ版では、のちに源氏の大将となる頼朝の命を救った池禅尼 の息子ということで平家の中で冷遇されており、居場所がなく仕方なく鎌倉に下り、しかもそのことで平家を裏切った罪悪感に苦しんでいるという描写が原作より強く描かれています。
それに、頼朝から厚い信頼を得ている側近、大江広元 も、コチラではどちらかと言うと冷徹な人間っぽい扱いなのに、大河ドラマ版では、義経の兄・頼朝への熱い想いが込められた腰越 状を見ないと言い張る頼朝に対し、明らかに義経側に同情的な描かれ方がされており真逆です。
このように大河ドラマ版は全体的に登場人物に対して葛藤や他者を思いやる情が足され人間的な深みが出るように脚色されていることが分かり、ドラマを見ている際には気付かなかった様々な工夫が読み取れるようになります。
逆に頼朝は、自分を救ってくれた池禅尼 の息子、平頼盛 に感謝し鎌倉で厚くもてなすという人間的な部分が削ぎ落とされ、情を押し殺して冷徹に振る舞う様を強調するように脚色されているのが分かり、コチラを読むことでより一層大河ドラマ版が好きになりました。
想像力を働かせ歴史の行間を読む大切さ
この作品は小説というよりも、小説を書く前に色々な史料を整理した段階で、自分の歴史に対する解釈を読者に語り聴かせる随筆(エッセイ)といった趣 のため、物語として読めるようにはなっていません。
この読者に歴史を優しく語るような内容を読んで一発で分かったのが、大河ドラマ版のお徳のナレーションはこれの文章(と言うより、宮尾登美子さんが書く全般の文章)をそのまま読み上げるような趣向となっていることです。
お徳というキャラクターはドラマ版の本当の原作である『宮尾本 平家物語』にほんの少しだけ登場する脇役で、コチラには一切登場しません。ですが、この作品も大河ドラマにおけるお徳のナレーションのように、登場人物への慈 しみと想像力に満ち、自分の胸中を読者に語りかけるような作風となっているため、これを読むと作者の宮尾登美子さんとドラマにおけるお徳が重なって見えます。
本作が大切にする、歴史上の人物の行動からその人の内面を読み取りこういう人柄だったのではないか、こういう苦労を重ねたのではないかと想像を働かせるスタンスと、大河ドラマ内で平氏・源氏問わず悩み苦しむ人の想いに寄り添うようなお徳のナレーションは非常に印象が似ています。
そのため原作では脇役でしかないお徳が、大河ドラマ版では原作者の分身として存在し、清盛と義経両方を手助けしていると考えると非常にしっくりくるため、宮尾登美子さんの文章から受ける物腰の柔らかさと、お徳のナレーションから受ける慈愛に満ちた感触は意図的に似せているのかなと思いました。
原作のお徳はこれほど慈愛に満ちたような人ではありません
最後に
そもそも本作は小説と呼べるような内容ではなく、どちらかというと随筆(エッセイ)っぽいので、単体の作品として評価のしようがありません。
ただ、コチラと大河ドラマ版を比べると、作者が登場人物に対して抱いていたイメージに対し、ドラマ版がどこを脚色したのか比べる楽しみはあるため、読んで損はありませんでした。
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