トレーラー
評価:80/100
放送期間(アメリカ) | 2019年10月~12月 |
話数 | 全9話 |
国 | アメリカ |
ネットワーク | HBO |
ドラマの概要
この作品は、1986~1987年にアメリカのDCコミックスから出版されたアメコミ(グラフィックノベル)『ウォッチメン』を原作とするTVドラマです。
『ウォッチメン』は過去にザック・スナイダー監督により映画化されていますが、映画のほうは原作の内容を一部改変したダイジェストだったのに対し、こちらは原作のラストから34年後の2019年の世界を描く完全オリジナルストーリーとなっています。
原作のグラフィック・ノベル版『ウォッチメン』の34年後を描く内容のため原作を知っている前提のストーリーで視聴ハードルが異常なまでに高いのが特徴です。
超難解な原作と同様、容赦なく描かれるアメリカの人種差別の歴史、ビジランティズムと絡めたヒーロー観、Dr.マンハッタンの視点を体感するようなすでに確定した未来に向けて物語が収束していく奇っ怪な構成と、その全てが取っつき辛い難物ドラマでした。
さすがに新キャラのエピソードと原作のヒーローたちのアフターストーリーを全部ごちゃ混ぜで語るため話の焦点が絞れていないという難点もありますが、『ウォッチメン』という傑作を映像化することの意味をきちんと理解し作られた真摯な作品ではあります。
超難解なグラフィックノベルを難解なまま映像化した視聴ハードル高すぎアメコミヒーロードラマ
『ウォッチメン』はアメリカの近現代史をベースにした非常にポリティカルで重厚なSF設定を持ち、一読しただけでは到底理解不能な政治や哲学が混合されるストーリーが展開されと、設定からストーリーテリングまで何から何まで難解さがつきまといます。
そのためハッキリ言ってどうやっても原作に忠実な映像化など不可能で、その厳しい条件下において本作は非常に頑張っているほうだと思います。
原作は、キーン条例というアメリカ政府が公認する者以外の自警行為が禁止されヒーローが犯罪者とされる世界です(ドラマ版はこのキーン条例を作ったキーン議員の息子が登場)。
しかもアメリカが神のような力を持ったスーパーヒーローを兵器として戦争に投入し、実際の歴史と異なりアメリカがベトナム戦争に勝利し、ベトナムがアメリカの属国となり51番目の州となっています。
さらにウォーターゲート事件を告発しようとしたワシントンポストの記者が暗殺され、共和党のニクソン大統領が盗聴スキャンダルで失脚せず憲法を修正して任期を延長し大統領の座にいつまでも居座り続ける架空の1985年が舞台という、読んでいるだけで頭痛がしそうなほど複雑な政治設定です。
このドラマ版はこれら原作の設定がそっくりそのまま引き継がれる上に、原作から引き続き登場するDr.マンハッタン、オジマンディアス、ローリー(シルク・スペクター)といったお馴染みのヒーローの説明はほぼ省略され、しかも大量の新規設定も追加されと、とても見やすいドラマではありません。
ドラマ版のストーリーは、本作のテーマを象徴する1921年にアメリカのオクラホマ州タルサで実際に起こった白人による黒人への大虐殺事件(タルサ人種暴動)から始まります。それから100年近くが経過した2019年のタルサで再び白人至上主義者の集団“第7機兵隊”の活動が活発化し、安全のため顔を覆面で隠した自警団のような体裁を取る警察とレイシスト集団との抗争が激化するという内容です。
そこに、1985年にアメリカとソ連の全面核戦争の危機を回避させた異次元から出現したとされる謎のイカ状の生物の話や、人類に嫌気が差し火星に去ってしまったDr.マンハッタンのその後など、原作のアフターストーリーも加わります。
あまりに設定が複雑なので原作のグラフィックノベルが無理なら最低でもダイジェストの映画版は見ていないとまったく話に付いていけないため、原作をある程度予習するのは必須だと思います。
ただ、映画版はストーリーが改変されており、核戦争の危機を回避するのがイカ状の生物ではないので、映画版だけ見ても話はキレイに繋がりません。結局このドラマを真に理解するためには原作のグラフィックノベルを読む意外に方法はありません。
しかし、原作のグラフィックノベルはとんでもないボリュームな上に超絶難解な内容で、自分の場合一冊読み終えるのに約10時間かかりました。
アメコミの歴史上でもトップクラスの完成度を誇る原作からして完全にマニア仕様で、このドラマもそこの部分を完璧に受け継いでいるため、覚悟を決めて挑まないと到底内容を理解することは困難です。
人種差別の歴史とヒーロー誕生を重ねる大胆な試み
『ウォッチメン』という作品は、一人で一国の軍隊を殲滅でき世界の軍事バランスをも崩壊させるほどの強さを持ったヒーローが存在したら世界はどのような対応を取るのか。世界最高の頭脳を持ったヒーローが冷戦下で核戦争の危機を回避しようとしたらどのような計画を立てるのかといった、反則的な力を持った超人ヒーローを用いる高度なSF的政治シミュレーションが魅力の作品ですが、このドラマ版もこの面白さの一部は踏襲されています。
もしヒーローというものがそもそも激しい人種差別の怒りや悲しみから生まれたものだったらというアメリカの歴史に沿った解釈や、よりにもよって最悪の白人至上主義集団であるKKKが被る覆面とヒーローの覆面を対比させることで、どうして人間は他人に暴力を行使する際に覆面で顔を隠すのかという問いなど、『ウォッチメン』らしい鋭いヒーロー論・正義論が堪能できます。
差別と戦う切実な黒人ヒーローと脳天気な白人ヒーロー、超人的な力を持っているのにいつも形而上的なことで悩んでばかりで困っている人を救う気がないように見えるDCコミックス的なスーパーヒーローたちへの苛立ち、原作で言うとロールシャッハのようなトラウマや人間的な弱さをヒーローという覆面で隠したがる者たちが抱える葛藤と、大小様々な社会問題や個人の悩みとヒーローとを関連付ける手法は見事で、スケールは原作に比べると小さいものの『ウォッチメン』を見ているという確かな手応えがありました。
Dr.マンハッタンはどこへ消えた?
このドラマが原作の『ウォッチメン』のその後を描く話である限り絶対に避けて通れないのが、人間を超越した力を持ち、生命を創造することすら可能な神の如き超人Dr.マンハッタンと、人類最高の頭脳を持つオジマンディアスというスーパーヒーローの扱いで、見る前はこの二人をどういう立ち位置にするのか皆目見当すらつきませんでした。
しかし、実際に見るとこれらのヒーローはあまり話の中心に位置せずほとんど脇役に近いような扱いのため、原作ファンへのサービスに徹するあまり新キャラの存在がないがしろになるということは無く、そこは一安心でした。
Dr.マンハッタンはこの世界に存在しているはずなのに画面に姿が映らないという違和感のある不在が続き、いつ物語に介入してくるのかという緊張で先が気になる効果を生み、オジマンディアスに至っては完全にコメディ要員でほとんど『アベンジャーズ』シリーズで言うとロキのような色々な人にボコボコにされる小賢しい悪党に成り下がり、これがあの狂気の天才なのかと少々ガッカリもします。
ただ、新キャラを尊重しているとは言え、片や神で片や人類の救世主&大量虐殺者なので両方のヒーローとも尋常じゃないほどキャラが濃すぎるため、後ろに行けば行くほど一体このドラマ版は誰の話なのか曖昧になるという問題はどうしても残ります。
原作に比べると多数残る不満の数々
このドラマ最大の不満は、やはり原作の超人ヒーローと対になるダメヒーロー側のカリスマであるロールシャッハの扱いです。
視野が広すぎて足下がまったく見えないばかりに、人類存続のために何の罪もない人々を何百万人も虐殺することを良しとしたオジマンディアスやDr.マンハッタンに対し、最後まで足下だけを見続け多数のために少数を犠牲にしそのことを世間に伏せようとしたことに反発し続けたロールシャッハの意志が完全に無にされ、それどころかロールシャッハのマスクが白人至上主義者のシンボルになっているというのはさすがに納得し辛いものがありました。
いくらなんでもロールシャッハのマスクを出すなら、多数のために少数を犠牲にしようとする行いを良しとしない者に受け継がれて欲しかったです。
その他、スケールが大きいんだか小さいんだかさっぱり分からない終盤の展開がイマイチ盛り上がらないこと始め、新旧のキャラクターがあまりうまく噛み合っていないことや、終わって見ると思っていたよりもユルユルな話だったなという到底スッキリしない後味など、不満も多く残ります。
最後に
『ウォッチメン』という歴史に残るグラフィックノベルの傑作を、原作をなぞらずオリジナルストーリーで映像化するという実現困難な試みは概ね成功しており、作り手の高い志はひしひしと伝わってきました。
ただ、先が見えない状態でドラマに熱中している最中は良くても、見終わってふと冷静になると細かい不満がてんこ盛りで急激に冷めてしまうという問題もあり諸手を挙げて絶賛という気分にはなれません。
余談
映画評論家の町山智浩さんの解説を聞くとドラマ版に登場するレッドフォード賠償金がアメリカの歴史的にどのような意味があるのかや、ドラマの中で2016年にタルサで白人至上主義者が活性化するという設定は現実で2016年にトランプ大統領が誕生し同じく白人至上主義者が活気づき黒人差別が悪化するアメリカの姿と連動させていることなどが分かり非常に有意義でした。
映画評論家の町山智浩さんのドラマ解説
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