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【歴史小説】戦国の梟雄の心を暴く連作短篇 |『宇喜多の捨て嫁』| 木下昌輝 | 書評 レビュー 感想

作品情報
著者 木下昌輝
出版日 2014年10月27日
評価 85/100
オススメ度
ページ数 約399ページ

小説の概要

 
この作品は、戦国時代に幾人もの敵を卑怯な手段で暗殺し、自分の娘を嫁がせた家を次々と滅ぼし、下剋上で主君をも追放し国を乗っ取った戦国きっての謀将宇喜多うきた直家なおいえが主役の歴史小説です。
 
最初は極悪人として語られる直家像が複数の人物の視点を経ることで徐々に変容していくという連作短篇に近い構造をしています。
 
小説家デビュー作とは思えないほど優れた構成力で歴史小説というより、伏線を全て回収し話をキレイにまとめるミステリーのような洗練されたストーリーテリングが最大の特徴です。そのため普段歴史小説を読まない人でも安心して読める気軽さがあります。
 
その分、歴史小説としては重厚さが不足しており、登場人物の描き方も深みが足りず、構成が優れている割にはあっさりな読後感でした。
 

デビュー作とは到底思えない安定の構成力

 

この小説最大の見所は作者の作家デビュー作とは思えない、瞬く間に読者を物語へ引きずり込んでしまう構成力です。
 
長篇小説でもあり、連作短篇でもあるという変わった構造をしており、誰かの視点で直家の悪行が描かれると次の場面ではその行為の動機が語られることで悪行に見えた振る舞いが一変するなど、直家へのイメージが決して固定化されず最後まで更新され続けるため、ラスト1ページまで退屈する瞬間がありません。
 
そのおかげで、歴史への解釈を楽しむ歴史小説であると同時に、なぜ直家は歴史に残る数々の悪行に及んだのか、その動機が次々に明かされるwhyダニットのミステリー小説としても読めるため、歴史小説特有の読み辛さはほぼ感じません。
 
この小説は高校生直木賞という直木賞の候補作を高校生が読み、自分たちで優秀な作品を選ぶという賞で大賞を受賞していますが、それは歴史小説なのにも関わらず知識がさほど必要でなく読みやすいことが大きな要因だと思います。
 
似た構造の作品を挙げると、映画の『ゴッドファーザー』の1とパート2が近く、最初に完成されたドン・コルレオーネ像を見せてから、なぜドン・コルレオーネがマフィアのトップになったのか、その壮絶な過去をパート2で語ることで、彼が背負う組織のトップとしての孤独の一端を共有し、1で見せた振る舞いの意味が変わって見えるといった感じです。
 
しかし、構成が鮮やかな反面技巧に走り過ぎてもいるため小説の軽さも目立ちます。特に読んでいて気になったのが登場人物たちの内面描写の浅さです。
 
作者の人生経験を人物の思考に反映させるのではなく、伏線を全て回収するというテクニックに傾倒しており、そのせいでほとんどの登場人物が清濁を許容する血の通った人間ではなく、物語の都合で動く記号的なキャラクターに見えてしまい、文学としての厚み・深みが致命的にありません。
 
ストーリーの完成度自体は非常に高く、これをそのまま映画にしたら脚本賞を取れるくらいの出来だと思います。
 
ただ、人間の描き方が漫画チックで印象に残らないという点だけ惜しいなと思いました。
 

戦国の疑心暗鬼を追体験

 

嫁いだ自身の娘ごと他家を滅ぼす、卑劣な手段で敵対相手を次々と暗殺する、挙げ句に主君を追放し国を乗っ取ると、戦国きっての極悪人・宇喜多直家がなぜそのような蛮行に及んだのか、その謎が明らかになっていくミステリーとしての面白さと同時に、本作には現代にそのまま通じるホラー小説と言っても差し支えない怖さも備わっています。
 
それは戦国時代に下剋上の気運が蔓延しているがゆえの主君と家臣の疑心暗鬼地獄です。
 
主君がそのまた主君を下剋上で討ち国を乗っ取ると、今度は自分がかつてした行いを下の者にされるのではないかと怯え、戦で武勲を立てた有能な家臣にあらぬ疑いをかけ謀殺するという事態が蔓延し、誰もかれも疑心暗鬼になる様がホラー小説そのものでした。
 
中でも、主君が亡き者としたい家臣を精神的に追い詰め、端から勝ち目の無い謀反をわざと起こさせるという駆け引きが最も恐ろしく、これは現代社会でリストラしたい社員に嫌がらせをし自主的に辞めさせる構造と酷似しており恐怖しました。
 
これは一度仕掛けられると家臣側からすると対処のしようがなく、自分を謀殺しようとする主君から逃れようと敵側に寝返るとあいつは最初から敵と内通していたとののしられ、同じ主君に仕える者に相談するとライバルを蹴落とし出世するためあいつが謀反をそそのかしてきたと主君に密告され窮地に立たされ、自身の命を守るため仕方なく謀反を起こすと今度は人質として主君に差し出している身内の者が皆殺しにされ家族の命を見捨てたと罵倒されと、何をどうしようと為す術が無く、結局は宇喜多直家のように気を狂わせるしか逃げ道がないという虚しさは、精神障害が現代病となっている現在の日本と何ら変わらない無常さが漂います。
 

戦国時代だと領地に縛られるため逃げることも出来ず、主君が異常者だと人生が詰みますね

 
この小説は、サイコパス主君にいびられ精神に異常をきたしていくホラー小説としても読めるため、より登場人物に活き活きとした実在感があればこの点がより際立ったと思います。
 

最後に

 
総合的に見ると作品の価値を下げるような大きな失敗は一つもなく、伏線もキレイに回収される完成度の高い良作です。
 
しかし、直木賞候補としてノミネートされたのに結局賞は獲れなかったという結果がしっくりくる、傑作と呼ぶにはもう一押しが足りない、テクニックだけで書かれた、作者の生き様が文章に乗っかっていない薄味の小説という印象も強く残りました。
 
個人的に、戦国時代に主君の理不尽な命令によって徐々に直家の心が孤独で摩耗し壊れていく様が強烈だったので、ここをもっと突き詰め切れば傑作に手が届いであろうと思える惜しい作品です。
 

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