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【歴史小説】退屈なる徳川和子の生涯 『東福門院和子の涙』 著者:宮尾登美子 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:80/100
作品情報
著者 宮尾登美子
出版日 1993年4月1日

小説の概要

 
 この作品は、江戸幕府2代将軍・徳川秀忠ひでただの娘であり、後水尾ごみずのお天皇に嫁ぎ、のちに明正めいしょう天皇の母となった徳川和子まさこの生涯を、和子に仕えた侍女じじょの視点で語る歴史・時代小説です。
 
 階級が低い武家の出なため、内裏だいりにて度重なるイジメ・嫌がらせに遭いながらも、徳川家と宮家の公武合体のため、私情を殺し生涯後水尾天皇に尽くした徳川和子の苦労多き人生が描かれます。
 
 同じ作者の『天璋院篤姫』に登場する、宮家から徳川家に嫁いでくる和宮かずのみやとは真逆の立場という点も見所です。
 
 ただ、和子ではなく、和子付きの侍女である“ゆき”の視点で描かれるという語り口がなんら物語的に意味を成しておらず、和子が何を考えているか終始あいまいで、ハッキリ言ってかなり退屈な小説になっています。
 
 最初から最後まで侍女視点を貫くため結局和子が何を考えているのか腹の内が読めないという欠陥や、読者に話しかけるような話し口調の文体のせいで読むのに手間がかかるなど、こだわりがことごとく裏目に出てしまっており、読み辛い・分かり辛い・読んでいて退屈と、宮尾登美子作品の中では凡作の部類でした。
 

睡魔と戦い続ける小説

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 この小説の感想を一言でいうと“眠い”です。最大の失敗要因は主人公の和子ではなく、和子付きの侍女の視点だけで物語を語ってしまった、視点の置き方だと思います。
 
 同じ宮尾登美子さんの歴史小説でも『天璋院篤姫』や『クレオパトラ』は、篤姫やクレオパトラの主観だけに絞り、主人公の葛藤が克明に語られその悩み・苦しみに感情移入して読めますが、なぜか本作は徳川和子ではなく侍女視点でのみ書かれており、和子が本当のところ何を考えているのか読者にはさっぱり分かりません
 
 しかも、侍女らしさを出すため全編女房言葉や尊敬語のような凝った文体で書かれているせいで、イチイチ頭の中で普通の言葉に翻訳しながら読まなくてはなりません。そのため、ただ読み通すだけで普通の歴史小説の倍以上は疲れます
 
 さらに、前半部は徳川和子の母である浅井三姉妹の一人ごうの半生や、父である徳川秀忠とそのまた父である徳川家康との関係、和子が嫁ぐ後水尾ごみずのお天皇とその父・後陽成ごようぜい天皇との確執など、本編が始まるまで無限に思えるほどの説明が挟まれ、ここを読むだけでも一苦労でした。
 
 この前半部の説明パートは無駄に冗長で、説明が重複していたり、大坂の陣の話をした次に今度は関ヶ原の戦いに戻り、次は大坂の陣を飛ばしてその後の話をしていたと思いきやまた関ヶ原の戦いの時分に戻るなど時間が前後したりと、説明がふらふらとあちこち寄り道するため、いくらなんでも回りくどすぎて混乱します。
 
 そのくせ、後半に和子が後水尾ごみずのお天皇に嫁いでから起こる、朝廷と幕府との仲を険悪にさせる様々な事件(紫衣しえ事件、など)に関する顛末はほとんど説明されず、まるでダイジェストのように時が過ぎ去るため、小説全体の構成がグラグラに見えます
 
 決して歴史小説として出来が悪いということはありませんが、とにかくこだわり全てが裏目に出てしまい、読むのが苦痛に感じる箇所だらけで、ボリュームはさほどないものの読破するだけでも骨が折れました。
 

最後に

 
 武家から宮家へ嫁ぎ、両者の文化の違いに悪戦苦闘する和子の生涯を描くというコンセプトや、内裏だいりの水面下で江戸側・京側でそれぞれ裏工作が行われる薄気味悪い政治闘争劇など、題材はすこぶる面白く、やりようによっては『天璋院篤姫』に匹敵する傑作にもなり得たと思います。
 
 しかし実際に読むと、異常に長い前半の説明パートや、人物として魅力が皆無な侍女視点の語りが続くなど、長所より短所のほうが圧倒的に勝る小説になっており、なぜ和子視点で書かなかったのか疑問が残る残念な一作でした。
 

『天璋院篤姫』を読んで己の器量で困難を突破していく篤姫に好意を抱く人はいても、この小説を読んで人物像が曖昧でぼやけたままの徳川和子を好きになる人はほぼいないと思います

 

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