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【ファンタジー小説】衝撃の猟奇ジュブナイル!? |『雷の季節の終わりに』| 著者:恒川光太郎 | 感想 評価 レビュー 書評

作品情報
著者 恒川光太郎
出版日 2006年10月
評価 80/100
オススメ度
ページ数 約314ページ

小説の概要

 
この小説は、現実とはやや異なる空間に存在する“おん”と呼ばれる異界の村と現実の日本で起こる出来事が交互することで徐々に穏で育った主人公ケンヤの生い立ちの秘密が明らかになっていくというファンタジー小説です。
 
ファンタジー小説としては異界の設定が非常にふんわりとしており現実なのか夢なのか曖昧な倒錯感を楽しむタイプの作品で、ハードな異世界ファンタジーではありません。
 

ライトノベルではありませんが、極めてそれに近い軽さです

 
四季の他に冬と春の間にある雷季らいきという雷の季節が存在する穏という暗い因習が残る村の雰囲気や、穏と幾多の別世界を結ぶ幻が見える草原を旅する“世界渡り”がファンタジー小説としては胸躍るなど、先が気になる設定や物語でグイグイ引っ張ってくれるので最後まで退屈することはありませんでした。
 
本格的なファンタジー小説というよりも不思議な話が数珠じゅずつなぎになった怪奇譚といった趣で、ホラーとファンタジーの中間のような味わいが魅力の良作です。
 

和風の異界、穏(おん)と数奇な復讐劇

 
この小説を読んでいて最初に連想した作品は、自分が今現在暮らす場所に微かな違和感があり、どうやら自分は別の世界の住人であるということを思い出していくという『十二国記』シリーズの中でも泰麒たいきに関する話でした(特に『魔性の子』)。
 


それと、あまり言及するとネタバレになりますが、TYPE-MOONのアドベンチャーゲーム『月姫』に登場するとあるキャラと瓜二つの特殊能力など、正直どこかで見たことがあるような設定の組み合わせといった既視感が最後まで拭えません。
 

特殊能力を封じるためのパイルバンカーが出てくるのかと思いました。特殊能力を持った暗殺者というのも『月姫』感があります

 
それでも、主な舞台となる穏という一見平和そうに見えて裏では血生臭い謎が満ちる異界の村はミステリアスに描かれており、この村での日常生活をもっと読みたいと思わせる力があります。
 
特に主人公であるケンヤと親友であり想い人でもある穂高ほたか友情と恋の狭間を揺れる距離感が非常に心地良く、もっとこの二人が仲を深めていく過程をじっくり味わいたかったというのが本音です。
 
全編通してもこの二人の淡い青春を描くパートが最も魅力的で、この部分をもっと重点的に描いていればケンヤが穏を離れる際にもっと切実な葛藤が生じたのに惜しかったかなとも思います。
 
それに加え“風わいわい”という穏に存在する第五の季節である雷季らいきに人に憑き、いつの間にか体から自然に消えるとされる先祖の霊もジュブナイルっぽさを強化する役割をしておりファンタジー小説を読んでいるという確かな手応えがありました。
 
風わいわいの憑いた者に話しかけてくるのにいつの間にか体から消えているという設定がイマジナリーフレンドっぽく、しかもどこか青春や小説、物語そのものの象徴のようにも見えます。風わいわいから卒業できず破滅する者と、変化を受け入れる者とを両方描くことで、生きる力を与えてくれる物語の重要性を説くと同時に自分を特別な何かと勘違いさせる物語からうまく卒業できない場合の破滅も見せるというファンタジー小説としての寓話性をうまく体現できており、この風わいわいという設定ひとつで小説の深みがグッと増しています。
 

なんとなく雰囲気でのみ進む物語

 
この小説の不満は、いくらなんでも異世界の設定が大雑把すぎることと、一部の箇所が説明過剰で幻想的な雰囲気を壊している点でした。
 
同じ作者の『夜市』という短篇を読んだ際にも思った、とにかく何となく雰囲気だけのファンタジーで、本当に一夜の夢のような読後感という点もかなり似ています。
 
このロジカルに異世界設定を構築せずあえて長篇なのに短篇っぽくふわふわさせる、異世界というより夢っぽい作風は長所でもあり短所でもあり、そもそも作者はそこを狙っているっぽいので後は好みの問題だと思います。
 

この細かい設定にあえて言及せず終始ぼやけさせるのもライトノベルっぽいと感じる要因の一つです

 
このふわふわした作風のせいで“雷季”や“世界渡り”という思わせぶりな設定で期待させるわりには思っていたほど盛り上がりませんでした。世界渡りをする展開ではこれから未知の世界を旅する大冒険が始まるのかと期待させておいてトボトボと草原を歩くだけでコレといって危機的状況もサバイバルも感動もなく、設定の大雑把さが明確に足を引っ張っています。
 
それに、ファンタジー設定が大雑把な割に、今度は説明過剰な箇所もちらほらあり、幻想的な雰囲気を台無しにしています。中でも気になったのが、世界渡りの途中で遭遇する謎の獣に関する顛末をわざわざ説明してしまう部分です。ここは関係性だけ匂わして後は読者の想像にゆだねるべきなのに、いちいち過剰に説明して真相を明かしており読んでいてげんなりしました。
 
ただ、本作に限っては猟奇的でありつつ幻想的な異界の思い出と甘い初恋の余韻も残る青春ものという不思議な読後感で、このふわふわした感じの作風はプラスマイナスでいうとどちらかというとプラスに働いており、決定的にダメというほどは気になりません。
 

最後に

 
この小説は良い部分と悪い部分がハッキリ別れており、良い部分が好きか、悪い部分が気になって話に集中できないかで評価がぱっくり割れると思います。
 
自分としては主人公ケンヤと、ケンヤの初恋の相手である穂高ほたかとの淡い青春の魅力や、風わいわいの象徴性がファンタジーとしては好ましいなど、最後には好印象が勝りました。
 
 

 

 

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