著者 | 小野不由美 |
出版日 | 2019年11月9日 |
評価 | 85/100 |
オススメ度 | ☆ |
ページ数 | 約434ページ |
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小説の概要
最終巻である4巻は、李斎 たち驍宗 を慕 う兵士がついに7年という長きに渡る潜伏を経て偽王を討つべく蜂起し偽王朝に反乱を起こすという内容です。
終幕に向けこれまで泰麒 や李斎 たちに協力してくれた者たちが容赦無く戦場で命を散らし、十二国記シリーズ中最も悲壮で苛烈を極める戦が繰り広げられます。
しかし、敵側は頭が悪い記号的な悪者しかおらず、しかもほとんどの設定が投げっぱなしで終わり、期待していた久方ぶりの再会を果たすキャラクター同士の積もる話もほぼ聞けず終いと、納得の行く最終巻にはほど遠い内容です。
それでも、宙ぶらりんだった泰麒 と戴 国を巡る話に決着がつき、読み終えた後は深い余韻に沈みしばらく呆然とするばかりでした。
仲間たちの屍の山を踏み超える過酷な決戦
今巻の決戦は、『月の影 影の海』の様な勝敗の結果のみ伝えるとか、『風の万里 黎明の空』の『水戸黄門』的な身分の高い人間が相手の悪事を大衆監視の中で暴き平和的に解決といった大規模な争いを省略してきた過去作と違い、勝ち目がほぼないと言ってもいい絶望的な戦いが真正面から描かれます。
十二国記シリーズは天が定めたルールにより他国に侵略できないという制約があるため、これまで直接大規模な戦いが描かれることはなく、戴国の内戦といってもこの死屍累々の合戦は衝撃的でした。
生半可さを嫌う小野不由美さんが戦争を描く以上妥協など一切無く、戦力差を気合いで埋めることなど不可能な兵士の数で勝り装備が充実している陣営が絶対に勝つという厳格さが徹底され、偶然も奇跡も入り込む余地がありません。
これまで民の目線を通して戴の惨状を見てきたように、今度はろくな装備も持たず、それでも背水の陣で偽王の軍勢と戦わざるを得ない李斎 ら兵士の目線を通して修羅場を体験するという、読者を当事者としてその場に立ち会わせる態度が貫かれています。
『白銀の墟 玄の月』は、王や麒麟 すらも雲の上の存在として特別扱いせず、自ら率先して汗を流し手を血で汚すという、各々が自分に出来る最善の行動を取り続けることでしか現状を良くすることなどできないという主張が一切ぶれることなく描き切られ、これぞ甘えを許さない小野不由美作品の醍醐味でした。
悲痛な戦いを繰り広げる敵はマヌケばかりというずさんさ
偽王の軍勢との戦いそのものは過去の十二国記シリーズの中で最も苛烈さを極め迫力があるのに、肝心の戴国の未来を賭けて戦っている相手は頭の悪い記号的な悪者ばかりで、正直ここはまったく乗れませんでした。
互いに大儀を掲げ、どちらの大儀が正しいのかを争うのではなく、一方が完全に善で一方が完全な悪なため単純な勧善懲悪にしか見えず、深みがまったくありません。
ずっと爪を隠し機会を窺っていたとある官吏 の一人が特に有能でもなくあっさり役目が終わったり、そもそも最大のライバルである偽王すら弱者をいたぶって面白がるただのサディストの小悪党に成り果てていたりと、敵側に悪としてのダーティな魅力が皆無で、何ら盛り上がりませんでした。
しかも、烏衡 が命令違反で民間人を虐殺し、そのことに兵が反発しているという話は途中からうやむやになること始め、色々な設定が投げっぱなしで終わるので、後ろに行くにつれ「あれ、あの件どうなったんだっけ?」と疑問が増えていくばかりでした。
それに、驍宗 は戴国の民に愛されていたはずなのに突然簒奪者呼ばわりすることに民が簡単に同調するという首をかしげる展開もあり、4巻になったら突然戴国全体の知能指数が下がったような違和感を覚えました。
7年ぶりの再会とは思えないほどの淡白さ
この巻というか、このシリーズ全体を通して最も不満だったのは、キャラクター同士が積もる話をしてくれないことです。
みんな艱難辛苦の時を耐え抜きようやく再会を果たしたのにもっとしみじみ身の上を語り合ってくれないかなと思うほどあっさり流れ、肩透かしでした。
ラストの読者が知りたい情報を一行に凝縮して語るキレの良い締め方は最高でしたが、読み終わった後はもう少し主要キャラ同士の掛け合いを味わいたかったという未練が残ります。
最後に
初登場時からずっとカリスマ性の塊のような驍宗 を天性の傑物としてではなく、一つ一つの苦渋の決断と行動によって臣下や民の信頼を勝ち取ってきた等身大の人間として描き直していることなど、十二国記シリーズで最も泥臭いと言ってもいい『白銀の墟 玄の月』を最後まで妥協無く描き切った点は賛辞しかありません。
ただ、同時にもう少し全体の構成を丁寧にして欲しかったことや、キャラクターに積もる話をさせて欲しかったという不満も多く残ります。
それでも『魔性の子』から約30年という歳月を経てようやく戴国の混乱に決着がつき読み終えた後は心地良い脱力を覚え、作者の小野不由美さんにも泰麒 にもお疲れ様ですという言葉しかありません。
十二国記シリーズ
タイトル
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出版年
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---|---|
魔性の子 |
1991年
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丕緒の鳥 |
2013年
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白銀の墟 玄の月 #1 |
2019年
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白銀の墟 玄の月 #2 |
2019年
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白銀の墟 玄の月 #3 |
2019年
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小野不由美作品
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