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極寒の戴国を難解な漢字と硬派な文体で描破し尽くす力作中の力作 「十二国記 白銀の墟(おか) 玄(くろ)の月 #1」 著者:小野不由美 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 小野不由美
発売日 2019年10月12日

短評

 
 小野不由美作品の中では読みやすい部類の十二国記シリーズとは思えない重々しい作風。もはやライトノベルの範疇を超えるほど硬派なファンタジーで、難解な漢字の山とユーモアなど一欠片もない、ただただ生活に困窮したたい国の民に寄り添う陰鬱な話が延々と続き、読み進めるのに相当な覚悟と気合いが必要となる。
 
 これまで起こった出来事を軽くおさらいはしてくれるものの、『黄昏の岸 暁の天』直後から話が繋がっているため、最低でも前巻だけは事前に読んでおかないと内容を理解するのは困難。
 
 文章は重々しく、宮廷ものとしての華やかさは皆無、過去シリーズの理解は前提で、かつ世界から孤立し苦しみの渦中に置かれる戴国の民の視点で話が進むという読みやすさとは無縁の難物中の難物。
 

重厚すぎる風景描写と難解な漢字がお供の過酷な旅路

 
 この小説は中国風ファンタジーである十二国記シリーズの中で、特に泰麒たいきを軸とした『魔性の子』『風の海 迷宮の岸』『黄昏の岸 暁の天』と、戴国にまつわるエピソードの続編となります。
 
 本作でまず最初に驚かされるのは、その徹底した作風の硬派さです。十二国記シリーズの中では役人を主役とする『丕緒の鳥』(特に「青条の蘭」)とほぼ似たような文体で、比較的キャラクター小説として読みやすかった過去の十二国記シリーズとは完全に別物です。
 
 『丕緒の鳥』を読んだ際はてっきり役人が主役で、本編と差別化するためにあえて堅苦しい作風に寄せているのかと思いました。しかし、今巻は泰麒たいき李斎りさいなどシリーズの主要登場人物がいるにも関わらず、『丕緒の鳥』とまるで変わりません。
 
 本作は小野不由美作品で言うと、不可解な現象に真実味を持たせるため徹底して生活感を追求し嘘臭さを排除するホラー小説の作風に近いものがあります。そのため、作品から受ける印象としてはいつもホラー小説を書く際のノウハウを十二国記シリーズに持ち込んだような感じです。
 
 小野不由美さんのホラー小説は舞台セッティングにこだわるあまり延々と説明ばかり続き読むのに苦痛が伴うこともあり、この作品もお世辞にも読みやすくはありません
 
 しかも、前巻から話が途切れず繋がっているにも関わらずこれまでのいきさつの説明は最低限にとどめられており、過去作の内容を覚えていることは必須です。一応、今作が初登場で事情に疎い人物に泰麒たいき李斎りさいが自分たちの身に起こった出来事を語るという体で『黄昏の岸 暁の天』のおさらいは軽く挟まれますが、それも申し訳程度なもの。
 
 読む前は、まさかこれほどまでに難解な漢字で埋め尽くされた重々しい作風が貫かれ、過去作を読んでいる前提で話が進むという、読者を突き放すような内容とは思っていなかったので、馴染むまで時間が掛かりました。
 
 自分の場合は復習のため『魔性の子』はじめ十二国記シリーズをほとんど全巻読み直してから挑んだので特に固有名詞が分からないなどの問題はありませんが、多分復習せずに遠い昔に読んだ記憶だけを頼りにしたら高確率で話について行けなかったと思います。
 
 最低でも『黄昏の岸 暁の天』、出来れば『魔性の子』『風の海 迷宮の岸』『黄昏の岸 暁の天』、短編集の『華胥かしょ幽夢ゆめ』に収録されている泰麒のエピソードである「冬栄」と、泰麒にまつわるエピソードを網羅しておけば登場する人が誰なのか分からないという自体は避けられます。
 

泰麒、6年ぶりの帰還なれど戴国に夜明けの兆しはなく

 
 本作の最大の見所でもあり同時に読み辛さの原因でもあるのが、舞台となるたい国の徹底した描き込みの密度です。寒々しい自然描写は目に映る景色を全て描写しているのではないかと思うほど神経質で細かく、極寒の戴国の民がどのように死をもたらす冬に備えるのかという暮らしぶりの説明もしつこいほどくり返され、戴という国とそこに住まう人々に確かな実在感があります
 
 読み辛さすら感じさせる硬質な作風は、戴国とそこに暮らす庶民の困窮した生活を絵空事とさせない説得力があり、読んでいると自然に目線が戴に暮らす庶民と重なり、自分自身が戴で生まれ育った人間になったような気すらします。
 
 十二国記シリーズの魅力の一つでもある宮廷ものとしてのきらびやかな趣向は皆無で、困窮し、食べる物もなく、家があっても炭が尽き暖が取れなければ屋内でも凍え死ぬほどの冬の厳しさに、挙げ句に妖魔が跋扈ばっこし大量の人死にが出てと、死に瀕した国の惨状に寄り添う語り口はどこまでも陰鬱で読んでいて気が滅入るばかりでした。
 
 今作は徹底して泰麒たいき李斎りさいといったスター級のキャラクターに頼らず、名も無き庶民の目を借り日々のいとなみから戴という国の悲惨な有り様を浮かび上がらせることに終始しており、これまで登場した十二国のどの国と比べても存在感が飛び抜けています。
 

『黄昏の岸 暁の天』と同様、サスペンスフルなストーリー

 
 本作は、序盤こそ文体から描写まで何から何まで重々しい上に、初登場となる人物の紹介が長く、遅々として話が前に進まず読み辛いことこの上ないですが、後半になると一転します。
 
 泰麒たいきたちの当初の目的は戴で行方不明となった泰王である驍宗ぎょうそう の足取りを追うことですが、なんと途中から驍宗ぎょうそう から玉座を簒奪しようと謀反を起こした犯人側の勢力の事情が語られ始め困惑させられました。
 
 てっきり謀反を起こし国を私物化し戴の民を苦しめる簒奪者たちを討つ話になるとおもいきや、国を乗っ取った側もなぜ自分たちがこんなことをしているのか末端の者たちは誰一人状況を理解していないという奇妙な展開となり、一体戴に何が起こっているのか先が気になって仕方がなくなります。
 
 直前の話となる『黄昏の岸 暁の天』も話が二転三転するサスペンス性が売りでした。今作はそこにホラー小説っぽい事件の全容が掴めない薄気味悪さも加わり、どこの誰が何の目的で国を動かしているのか釈然とせず、泰麒たいきたちは一体何と戦えばいいのか曖昧となっていく、小野不由美さんがホラー小説で得意とする違和感を物語の潤滑剤とさせる手腕が冴え、展開がまるで読めません。
 
 前半は重苦しい話と十二国記シリーズお馴染みのサイバーパンクのような変なルビが振られた漢字をひぃひぃ言いながら読み、さすがにずっとこれが続いたらキツイなと思っていると終盤物語が面白くなってくれて正直ホッとしました。
 

最後に

 
 主役であるはずの泰麒は無口でほとんど喋らず、キャラクター小説としての魅力は控え目で、戴国の民が極寒の冬に耐えるように、ある程度読み進めるのに忍耐を要求されます。
 
 1巻はまだまだ新キャラの紹介や戴国の現状の細かい説明といった準備段階で、この巻だけではストーリーの全容はまるで掴めません。
 
 それでも、戴という国の気候や人々の生活の息づかいまでこの上ない実在感をもたせ紙上に成立させてやろうという気合いは伝わり、次巻以降も楽しみでしかありません。
 

十二国記シリーズ