著者 | 小野不由美 |
出版日 | 2013年6月26日 |
評価 | 95/100 |
オススメ度 | ☆☆ |
ページ数 | 約349ページ |
リンク
小説の概要
この作品は、現実世界と隣り合うように存在する架空の中国風世界である十二国を舞台としたファンタジー小説、十二国記シリーズの二作目の短篇集です。
2篇は雑誌で掲載されたもので、残り2篇は書き下ろしの計4篇の短篇が収録されています。
同じ短篇集である『華胥 の幽夢 』は本編シリーズの主要キャラクター(泰麒 や楽俊 )のサブストーリーという側面もあったのに対し、こちらは初登場の役人だらけという非常に攻めた内容です(登場する主要キャラクターは景王に成り立ての頃のあの人がほんの少し顔を出すくらい)。
4つある短篇のほとんとで十二国記の世界を役人視点で描き切るという難易度の高いアプローチを完璧に成立させており、シリーズの中の一作としても、単純な短篇集としても非常に完成度が高い傑作でした。
冬の時代を生きる役人たちの奮闘記
この短篇集は、十二国の中でもとりわけ王が政 に興味を失い傾きつつある国や、王が不在で国土が荒れ果てた国を舞台に、官吏 (役人)たちが祖国を憂いて奮闘する様を描くという風変わりなもので、個人的にこの切り口は大好きでした。
どのエピソードも始めは極端に地味ですが、その人物が置かれる状況を理解することで苦悩が手に取るように分かり、十二国の世界を王や麒麟 ではなく役人の目線で捉えるという貴重な体験ができます。
『華胥 の幽夢 』も、やる気と能力は別物という非常に厳し過ぎる現実が突きつけられる表題作である「華胥 」という短篇が抜群に好きでした。
しかし今作はバラバラのエピソードが配された『華胥 の幽夢 』とは違い、4つの短篇が全て役人の奮闘記で統一されており、読めば読むほど国は違えど祖国を想う心は同じ者たちの見えない横の繋がりが感じられ、『華胥 の幽夢 』とは次元が違う完成度でした。
改めてこのような役人の奮闘だけで物語を成立させてしまう十二国記シリーズの懐の深さと、小野不由美さんの作家として人間の本質を描く才能に度肝を抜かれます。
悩める芸術家「丕緒の鳥」
4つの短篇のうちの最初の一作。慶 国を舞台に新たな景王が即位した祝いとして催される射儀 という、鵲 の形をした陶製の鳥の的を射る儀式を任される役人の話。
傑作揃いの4つの短篇の中でも一、二位を争うほどメッセージが深く突き刺さる内容でこれを読んだだけでこの短篇集の凄みに圧倒されます。
ただ、このエピソードだけ4つの中では役人というよりは職人や芸術家の苦悩に近くやや趣が異なります。その分、創作物の産みの苦しみを描く内容のため4つの中では最も普遍的とも思えます。
射儀で射る的である陶製の鵲 に国を憂う思いを込め、それを王に披露することで、民をないがしろにしがちな慶 国の王に対し、民こそ宝であり壊れやすいのだから大切にして欲しいと願うという話は、国土が荒廃し政情がまるで安定しない慶 国だからこそ切実で、4つの短篇の中で最も胸を打たれました。
このエピソードは芸術家の創作論そのものでもあり、射儀が徐々にコンセプチュアルになり、表現の深みが増し、より切実な願いを帯びていく過程はそのまま作者の小野不由美さんの作家人生を象徴しているようでもあり、二者が重なって見えます。
ただ単に皆を楽しませるだけの派手さ優先のエンタメ時代から、見る者に現実を突きつけようとするあまりメッセージ性が押しつけがましくなり面白味がなくなるアート志向の時代。さらにその先の、メッセージではなく作り手の魂そのものを作品に刻みそれを見る者の解釈に委ねてしまうという、まさにこの短篇集のような高みへと表現のステージが上がっていく過程は感動的ですらあります。
作品に込めたメッセージを誰にも理解して貰えず心が錆び付いた芸術家が、亡き友の思いを知ることで再び創作意欲を取り戻す再起の話としても一級で読み終える頃にはこの短篇の虜になります。
4つの短篇の中では最もストレートに感動的なエピソードで余韻は最高でした。
人の姿をした死に神が繁栄の終わりを告げる「落照の獄」
4つのち2つめの短篇。法整備が行き届いた柳 国を舞台に、傾きつつある国の現状と、柳の歴史上類を見ない凶悪犯罪者の出現を重ね、凶悪犯を死刑にするべきか否かで苦悩する役人の話。
陶製の鵲 に創作論を象徴させる「丕緒の鳥」と同様、国家崩壊の足音が徐々に増し続ける柳国の目に見えない不安を一人の凶悪犯罪者に象徴させて描くという非常に高度なアプローチがされている短篇で、つくづく小野不由美さんは作家としての目の付け所が鋭いなと感心させられる着眼点でした。
凶悪犯が、映画の『ノーカントリー』におけるシガーのような、特に何の意味も理由もなく人を殺す死の象徴として描かれ、この人の姿をした死に神の存在がそれまで国の繁栄を支えてきた法の在り方をことごとく否定してしまうという寓話的な話で読み応えがあります。
死刑が事実上廃止されている先進的な柳国において、前例がない凶悪すぎる犯罪者が出現したことで誰が先導するでもなく自然と民衆が残虐な方法による死刑復活を望んでしまうという身の毛がよだつ恐ろしい話で、4つの短篇の中では最も現実に近い問題を扱っており我がことのように考えさせられました。
国の将来のために死刑復活を阻止しようとする主人公と、凶悪犯に惨い殺され方をした被害者のために死刑を望む妻との軋轢が増し、それがそのまま法の番人と被害者の苦しみに寄り添おうとする民衆の心情の乖離も象徴すると、小野不由美さんのずば抜けた語りのセンスがいかんなく発揮された短篇で、4つの中では最も尾を引く後味の悪さを残します。
現行の法では対処出来ないほどの常軌を逸した犯罪が発生することで国の基盤たる法が揺らぐ恐怖を追体験出来るという、ホラー作家でもある小野不由美さんの本領が味わえる見事な傑作でした。
軽いのに重い荷物を運ぶ旅「青条の蘭」
4つのうち3つめの短篇。雁 国を舞台に山毛欅 の木が石化する奇病を止めるべく奔走する役人の話。4つの中では時代が最も古く、陽子が海客として十二国に訪れる500年以上前のエピソードです。
4つの短篇の中では、命よりも大事な荷を運ぶというただそれだけの内容にも関わらず最も手に汗握るサスペンスフルな話でした。読んでいてあまりにも主人公の標仲 に感情移入しすぎ、標仲 と一緒に荷である蘭の花が無事かどうかに終始恐怖し、良い意味で一番疲労が溜まりました。
未来の命運が懸かった大事な荷を届けるという内容は、映画で言うと『トゥモローワールド』のようにありがちな設定にも関わらず、切迫した状況の描き方が巧みすぎて、読む際のスリルで言ったら4つの短篇のうち、これがダントツでした。
今の雁 国がどのような状態なのか鑑みたらこの後どうなったかは想像出来るでしょ?とある程度十二国記の知識を前提とし、読者の想像に委ねてしまう曖昧な終わらせ方も粋 で、相変わらず前の2作同様凄まじい完成度で一気に読み終えてしまいました。
ただ、自分的にややラストの善意のリレーが唐突に見えてしまい、そこだけ不満でした。それまで荷を運ぶ一歩一歩の歩みに説得力を持たせて描いていたのに、突然感動に走り出すので違和感が拭えません。
一応、旅路の途中で優しい人々に出会いこのようなことも起こりうるのではないかという最低限の仕込みはされているものの、善意のリレーが数ページで終わるので標仲 の命の重みがひしひしと伝わってくる旅路と比較すると軽く見えてしまいます。
本物の鳥が夜明けを伝える「風信」
4つのうち最後の短篇。慶国が舞台で、こちらもほぼ「丕緒の鳥」と同じ新たな王(あの人)が即位する時期です。内容は農民たちの生活の指針となる暦 を作る役人と、故郷を滅ぼされ家族を皆殺しにされた少女との交流を描いた話。
正直、4つの中では最も地味で一番読み応えがありませんでした。地獄を見た少女と、外の世界をまるで知らず黙々と暦 だけを作り浮世離れした生活を送る者たちとの交流というアイデアは良いのに、このエピソードだけ若干少女の主張が説教臭くて深みがありません。
他のエピソードは直接セリフで喋らせるのではなく、陶製の鵲 の作り物だったり、凶悪犯罪者だったり、貴重な蘭だったりに思いを託して語らせるのに、このエピソードはやや説明的すぎるきらいがあり、いまいちパッとしませんでした。
それでも、作り物の鳥に希望を託す話から始まった物語が本物の鳥が発する新時代の息吹で締めくくられるという見事な構成の妙を拝め余韻は最高です。
最後に
役人同士の腹の探り合いが知的な会話劇に、厳しくも希望も残す珠玉のエピソードの数々と、シリーズものの短篇集でこれほどの完成度に達している作品は見たことがありません。
改めて小野不由美さんがいかにストーリーテラーとして怪物なのかがよく分かる傑作にも程がある短篇でした。
十二国記シリーズ
タイトル
|
出版年
|
---|---|
魔性の子 |
1991年
|
白銀の墟 玄の月 #1 |
2019年
|
白銀の墟 玄の月 #2 |
2019年
|
白銀の墟 玄の月 #3 |
2019年
|
白銀の墟 玄の月 #4 |
2019年
|
小野不由美作品
リンク