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同胞と理想郷を望みそのどちらにも拒絶される悲哀を描く十二国記シリーズの序章 「十二国記 魔性の子」 著者:小野不由美 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 小野不由美
発売日 1991年9月25日

短評

 
 十二国記シリーズの一作と言っても、異世界の十二国ではなく現実を舞台とした硬派なホラー小説のため、おもむきが大きく異なる。
 
 すでに異世界である十二国を知っている状態で読む場合と、知らずに読む場合では起こる出来事に対する見え方が極端に変わるものの、そのどちらでも問題なく楽しめる。
 
 異世界の片鱗だけがちらりと垣間見られるファンタジー小説の序章としても、自分を特別な存在だと思い込む人間の本性が暴かれる苦い後味のホラー小説としても成立する非常に完成度が高い一作。
 

単体のホラー小説から紆余曲折あってファンタジー小説の序章となった数奇な一冊

 
 この本は、ファンタジー小説である十二国記シリーズの序章にあたるエピソードです。十二国記に登場するたい国の麒麟きりん(王を選定する神獣)である泰麒たいきが現実世界で高里たかさとという名の少年として暮らしていた時代の出来事が語られます。
 
 本作はシリーズの中ではかなり特殊な立ち位置です。元々異世界に属する異形の者たちが現実世界に干渉してくることで惨劇が起こるという単体のホラー小説として書かれたものを、作中に登場する異世界設定を膨らませ、後に十二国記シリーズとしてファンタジー作品化したため、単体のホラー小説からシリーズの序章のような扱いとなっています(ゲームで言うと『クーデルカ』と『シャドウハーツ』シリーズの関係にやや似ています)。
 
 この小説では全貌が語られず得体のしれない異界として描かれていた十二国が、後にどういう場所なのか明確に描写・説明されているせいで、その部分はもはやホラーとしてはほぼ成立していません
 
 自分の場合、十二国記シリーズは『月の影 影の海』から読み始めたので、どうしても十二国側からの干渉が脅威には見えず、泰麒たいきのサイドストーリーとして読みました。
 
 ただ、さすがに元々単体の小説として書かれていることもあり、十二国記シリーズと切り離し、異世界に恋い焦がれる者が異世界に拒絶される苦い青春ものとしても読め、変則的な語り口のファンタジーとして充分楽しめます
 
 それに、ファンタジーを描きながら空想への甘い逃避を絶対に許さない小野不由美さんの作風的に、異世界に都合の良い憧れを抱く者は異世界に受け入れてはもらえないという本作の残酷な話のほうが、十二国記シリーズの序章としてしっくりきます。
 
 これを読むことで現実でも異世界でもそこに生きる者は常に何かと命懸けで戦っており、安息の地などどこにも存在しないという十二国記シリーズの厳しい面がより際立つので、もっと早く読んでおけば良かったなと後悔しました。
 
 ちなみに『風の海 迷宮の岸』は本作で10歳の高里が神隠しで消えた後、十二国側で1年間過ごした際の出来事が描かれ、『黄昏の岸 暁の天』は高里が17歳の時代に起こる一連の惨劇を今度は十二国側から体験するという内容です。そのため、これを一冊読んでおくと『風の海 迷宮の岸』と『黄昏の岸 暁の天』の理解が大きく深まり、より泰麒たいきにまつわるエピソードが楽しめるようになります。
 

この世界のどこにも居場所のない二人が出会い、心を通わせ、最後は見苦しく哀れみを乞う悲劇

 
 この本を読んで一番驚いたのは、自分に優しくしてくれる・自分を理解してくれる都合の良い他者や世界を求める者がそれを徹底的に否定されるという、十二国記シリーズで何度も何度もくり返されるテーマがすでに『魔性の子』から一貫していることでした。
 
 デビューして間もない頃の小説ですらザ・小野不由美作品的な自分を甘やかしてくれる場所などこの世のどこにもないというまったくブレることのない主張が貫かれており、作家としての貫禄すら感じさせてくれます。
 
 自分自身の問題と向き合わずひたすら目を背けてきた者が、よりにもよって自分が人生で出会った最大の理解者だと思った人間にその利己主義な態度を見抜かれ哀れみと軽蔑の視線を向けられるという展開は、まさしくホラー小説でした。
 
 ここではないどこか別の世界を求めその世界に拒絶され、自分を都合良く理解してくれる他者を求めその相手に拒絶されと、こんな情け容赦がない話を十二国記シリーズの序章に据えるというのはいかにも小野不由美さんらしいなと思います。
 

後藤というアリアドネの糸

 
 この作品で一番強く印象に残った登場人物は、泰麒たいきである高里より、主人公である教育実習生の広瀬ひろせより、広瀬の担当教官の後藤という一介の教師でした。この後藤という教師は、作者の言いたいことを全て代弁しているためか、出番の少なさに対して一言一言にずしりとくる重みがあり、存在感が際立って見えます。
 
 なぜこんなに後藤という教師の存在が引っかかるのか考えると、この後藤だけが他者のことを真剣に考えている人間だと分かり腑に落ちました。
 
 後藤にとって、広瀬のような現実逃避気味の生徒は今まで何人も見てきたため、広瀬もその中の一人でしかないと認識しており、この人だけが高里というこの世ならざる存在に惹かれ自身を投影していく広瀬にそっちへ行くなと真剣に警告してくれる人なのだと気付け、ぐっと好感が持てました。
 
 異世界に強く惹かれる者に対し、それを否定もせず肯定もせず、ただ粘り強く話し相手になってあげ、向こう側の世界の引力を弱めてあげるという後藤の態度は、全体的に厳しいメッセージで締められる本作の中で、ただ突き放すだけでなく、色々な救いの手の差しのべ方もあるのだと教えてくれます。
 
 後藤がいるおかげで厳しい中にもしっかり人の温もりも感じさせる非常に真摯な物語になっており、後藤なくしてこの『魔性の子』は成立しないなと思います。
 

最後に

 
 ファンタジー小説の序章として異世界そのものを一切見せず気配だけでもう一つの世界の存在を表現してしまう品の良さが魅力なだけでなく、他者や異世界に淡い期待を抱く者の希望が無残に打ち砕かれ人間の醜い内面がさらけ出されるホラー小説としても読み応えがあり、十二国記シリーズの他作品になんら劣ることのない素晴らしい小説でした。
 
 『魔性の子』の後にもう一度『風の海 迷宮の岸』と『黄昏の岸 暁の天』を読み直したら一度目より泰麒たいきが抱える事情が分かり面白く読めたので、これなら後回しにせずもっと早い段階で読んでおけばよかったと若干後悔も覚えました。
 

十二国記シリーズ