著者 | 京極夏彦 柳田國男 |
出版日 | 2013年4月18日 |
オススメ度 | ☆☆☆ |
ページ数 | 約263ページ |
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本の概要
やなぎた くにお)が岩手出身の民俗学者であり作家でもある佐々木喜善 から教えられた岩気県遠野地方に伝わる民間伝承をまとめ、明治時代の1910年に発表された説話集です。
そしてこの本は『遠野物語』を、作家京極夏彦が元の文体を尊重しつつ現代人でも馴染みやすい文章に訳し、元の説話集ではバラバラな順で登場する妖怪や神々などを共通する内容ごとに並び替え読みやすく再構成 したものです。
説話の面白さ以外に柳田國男の文学的な文体そのものの魅力もなるべく殺さないよう訳しているため、読みやすいだけでなく読者を文章で物語に釘付けにする力も同時に備えた傑作!!
民俗学の原点、妖怪小説家京極夏彦の手により再編集
元々民俗学に影響を受けた伝奇小説が好きなので、民俗学の先駆けとされる遠野物語をきちんと読みたいと思いつつ、読む前は勝手に小難しい内容を想像し敬遠していました。
しかし、実際読んでみるとほんの少し遠野地方の地理や生活風景が描写される以外は短めな稀譚 が連なるのみで、事前の予想とはまるで異なり難解なものではありません。それに、どこまでも文章がなめらかで読みやすく読む前に抱いていた小難しいイメージが完全に消し飛びました。
元々の遠野物語が説話(創作ではなく民間に伝わる伝承)として現代でも色褪せない魅力を備える上に、プロの作家である京極夏彦さんが説話の順番を理解しやすいように並べ替え、しかも文体も柳田國男の簡素な中に詩的な趣 のある美文の良さを殺さないよう丁寧に訳しているため、結果的に最初に遠野物語に触れる本がこれで良かったなと思います。
この本は、リミックスと付いているように、元々ある119話から成る説話集をより理解しやすい順番に並べ替えたものです。
例えば、元の遠野物語ではまず最初に何の説明もないまま妖怪が登場し、その次の話で妖怪についての説明がされるという順番が多くあります。それを本作では引っくり返し、最初に妖怪の説明をする話を置き、その後に妖怪に遭遇する話を続けることでより自然な繋がりとなり内容を飲み込みやすくする工夫が施されています。
その他には遠野で信仰されている神様のエピソードが全体にバラけているのを一纏めにしているなど、奇をてらった編集ではなく概ね読者が遠野物語に入り込みやすいようにという配慮が主です。
このおかげでほとんど小説を読むのと変わらない感覚で遠野地方に伝わる妖しい伝承に没入でき、明治時代の遠野に意識が飛ぶような恍惚感を味わえるほどドハマリしました。
この世とあの世の狭間の地、遠野の魅力
遠野物語は『白雪姫』や『赤ずきん』、『ラプンツェル』や『ヘンゼルとグレーテル』といったドイツ各地の民間伝承をグリム兄弟が採取しまとめたグリム童話と同じような説話集です。
しかし、それらとは異なり、最大の魅力は物語よりも異界としか形容しようのない遠野という舞台そのものにあると思います。
アイヌ語が混じったような地名も多く、日本の東北にありながら異郷のような雰囲気も漂い、遠野物語を読むとこの遠野という地に心が強く惹きつけられるような奇妙な感覚に陥ります。創作ではなく説話なだけに小綺麗なオチがなく、ただただ気味の悪さだけが記憶にこびりつき、いつまでも尾を引く感覚も幻想的でした。
民間伝承として伝わる河童や天狗、座敷童 といった妖怪の目撃談。神隠しなどの不可思議な体験。ホラー小説のように人里離れた山奥で人ならざる山人や山の神と遭遇する身の毛がよだつ怪奇譚など、遠野という人と怪異が隣り合う異界のような場所ではどれもしっくりくる話ばかりです。これほど稀譚 が語られる場所として適切な地はないのではないかと思うほどでした。
改めて自分が読んでいて心惹かれる伝奇小説の多くは遠野物語を下敷きにして書かれているものが多いことに気付かされ、現代でも色褪せることなく物語の中に根付いている遠野物語の息吹を再発見した気分です。
最後に
知らず知らず様々な伝奇小説の中にある遠野物語のエッセンスに触れていたおかげで、初めて読む遠野物語に懐かしさすら感じもっと早くに読んでおけば良かったと後悔の念を抱きました。
出版から100年経っても未だ輝きを失わない遠野物語の普遍さと、それを読みやすく、かつ文章の美しさを残したまま現代風に訳した京極夏彦さんの遠野物語愛を強く感じられる傑作です。
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