評価:75/100
著者 | 貴志祐介 |
発売日 | 2008年3月1日 |
短評
収録された4つの短編のうち、まともに密室ミステリーとして読めるのは1つだけ。他は作者の個人的な趣味に走ったものや、笑いに走ってスベっているものばかりで、密室としての必然性もメッセージ性も乏しくミステリーとしても短編小説としても味気ない。
一応の主役である榎本の防犯コンサルタント(本業は泥棒)という設定をまるで活かせず、ただの凡庸な探偵役に収まってしまいメッセージ性と密室トリックが合致していた『硝子のハンマー』に比べると読み応えは数段見劣りする。
このペラペラのミステリーが『硝子のハンマー』の続編?
この小説は、前作『硝子のハンマー』で主要人物だった防犯コンサルタント(本業は泥棒)の榎本 径 と、相棒役である弁護士、青砥 純子 が難解な密室事件を解決したことで業界内で一躍有名になり、密室絡みの依頼が急増するという内容のコメディタッチな短編集です。4つある短編のうち、3つは雑誌で連載されたものを収録し、1つは書き下ろしになっています。
結論を言うと、前作『硝子のハンマー』と比べいくら短編と言っても、こちらは凡庸かそれ以下といった内容で期待外れでした。
まず、4つある短編のうち書き下ろしであり最も駄作である「犬のみぞ知る」というエピソードは浅はかな笑いに走るのみで読むに堪えないほど酷く論外。
そのため、実質は残り3つなのに、そのうち2つも程度の低い笑いが大半を占め、かつ密室があまり関係ない、作者の個人的な趣味に走りすぎた内容のため本格ミステリーとしての謎解きの快感はほぼありません。
ただ、毒蜘蛛やタランチュラマニア、将棋のプロ棋士が絡む事件のトリックやオチ自体はそこそこ面白く、これが『防犯探偵・榎本』シリーズでなかったら別段そこまで不満を覚えない程度には楽しく読めます。
しかし、防犯のプロであり本職が泥棒という主人公がその知識や経験を活かして密室トリックを破るというシリーズに対して読者が求める内容とはあまりにかけ離れており、到底満足出来るような内容ではありませんでした。
特に全編通して目に余るのは密室のぞんざいな扱いです。巧妙に作られた密室というものが無く、ほとんど偶然密室になりましたとか、密室になってしまったことは誤算でしたとか、ほとんど密室状態に犯人の思想が込められておらず、シリーズの根幹がグラグラに見えます。
防犯コンサルタントが防犯用のセキュリティ群によって形成された密室の謎に挑むというアイデアが面白かったのに、もはや防犯の知識も泥棒の経験も必要なく、それどころか事件が密室である理由さえもないものばかりで、このシリーズの醍醐味がまるで味わえませんでした。
それに、分厚いガラスにメッセージを忍ばせ、密室そのものにドラマ性があった前作とは雲泥の差で、あの『硝子のハンマー』の痛快さはどこに消えてしまったのかと思うほどペラペラです。
貴志祐介作品の中でも最低クラスの笑い
この短編集はほとんど全編コメディタッチですが、マジメな芯の部分がなく終始ふざけているだけでユーモアが締まらず、書いている作者だけがだらしなくゲラゲラ笑っているのが透けて見えクスリともしませんでした。
ここまでキレのない客観性に欠けた自己満足なだけの笑いに走った貴志祐介作品も珍しく、笑いだけで採点したら全作品中でもワースト級です。
中でも「黒い牙」という短編は、自分が死ぬほど嫌いな、人の話をまったく聞かない人間を出して暴走させることでトラブルを起こし、ストーリーをでっち上げるという安易でくだらない話でげんなりしながら読みました。
全編このような知能指数の低いキャラを出してとぼけたやり取りをさせるという低次元のものが多く、こんなものは笑いではなく読者をバカにしているだけです。
最後に
密室トリックを突破する快感もなければ、社会に疎外されてきた者が理不尽な世界そのものに密室トリックで復讐するかのような一種痛快さもなく、ただペラペラで底の浅い話のみでガッカリでした。
全体的に関西人である貴志祐介さんの無謀なほど笑いに走りたがる悪い部分のみが目立ちます。しっかり設定や物語を作りこんでからアクセントとして笑いを入れるのではなく、笑いで強引に話の乱暴さを誤魔化す作りのため結果的に中身がなく空虚で滑っているだけの痛々しい印象しかありません。
あのメッセージ性がしっかりあった『硝子のハンマー』の続編がこんなただのおふざけなのかと思うと、読んでいて虚しいだけでした。
防犯探偵・榎本シリーズ
リンク