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防犯コンサルタントが探偵というアイデアの勝利 「硝子のハンマー 防犯探偵・榎本シリーズ #1」 著者:貴志祐介 〈レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 貴志祐介
発売日 2004年4月20日

短評

 
 防犯のプロである防犯コンサルタントの榎本が専門知識を駆使し、監視カメラや施錠された扉によって出来た密室の謎を解いていくというアイデアが秀逸。
 
 ミステリーとして良く出来ている上に、合間合間に挟まれる泥棒がどのように防犯対策を突破するのかという泥棒側の視点で防犯うんちくが語られるのも勉強になり楽しめる。
 
 探偵となり密室トリックを暴いていく視点と、『青の炎』と同様で、犯人が犯行に及ぶに至った動機の描き込みや実際にトリックを思い付き犯行に及ぶまでの準備や実行を事細かく描く視点があり、探偵と犯人を両方疑似体験できる構成で面白さが最後まで続く。
 

密室の謎と同時にドラマの面白さの謎も判明

 
 この小説は、防犯ショップの店長であり、防犯コンサルタント(本業は泥棒)の榎本径が、防犯のプロとしての知識と凄腕の泥棒としての経験を元にオフィスビルの最上階で起きた不可解な密室殺人事件の謎に挑むという本格ミステリーです。
 
 一応、探偵役がいて密室トリックを崩していくという本格ミステリーが主軸ですが、そこに同じ貴志祐介作品の『青の炎』という、犯人視点で犯罪計画を描く内容もそっくりそのまま入っており、探偵側と犯人側、両サイドから密室を作る過程とそれを突破する過程を眺めるという変わった作りです。
 
 『青の炎』同様、いかにも貴志祐介さんらしい、犯人が事件に至るまでに辿ってきた過酷な人生を詳細に語り犯行の動機に説得力を持たせ、そこから事件の計画を練り、準備し、実行に移す過程をつぶさに追っていくことで犯罪に立ち会っているようなスリルも味わえます。
 
 この防犯探偵・榎本シリーズは、先に『鍵のかかった部屋』というタイトルで2012年にテレビドラマ化されたもののほうをリアルタイムで見ており、「あのやたら面白かったミステリードラマの原作小説か!」と、驚きました。
 
 

 
 2012年当時は貴志祐介さんのことをまったく知らなかったので、ただの出来の良い小説原作のミステリードラマという認識しか持っていませんでした。貴志祐介作品が原作ならあのストーリーの面白さは当然だよなと、ほぼ10年遅れで気付け、なぜ当時『鍵のかかった部屋』というドラマに心惹かれたのかようやく理由が分かりました。
 
 先にドラマ版を見ているため、うっすら内容を覚えており、白紙の状態で密室のトリックに驚くという新鮮さはありませんでしたが、実際に読むと原作のほうが細部がより作り込まれているのと、漫画の『闇金ウシジマくん』のような、犯人側の闇金に追われるえぐい人生がやたら面白いため、ドラマを見た後でもなんら問題なく楽しめました。
 

防犯のプロが専門知識を駆使し密室に挑む本格ミステリー

 
 この小説の最大の魅力はなんといっても防犯のプロフェッショナルであり現役の泥棒でもある榎本が、防犯の専門知識と、泥棒としてきた鍛えてきた身体能力と観察力を武器に、監視カメラや施錠された部屋で出来た密室殺人のトリックを攻略していくというアイデアの妙です。
 
 自作を解説する『エンタテインメントの作り方』という本によると、この榎本というキャラクターは貴志祐介さんが自宅の防犯対策のために話を聞いた鍵屋がモデルらしく、その時に聞いたピッキングや防犯うんちくが面白く、それがこのシリーズに生かされたとのこと。
 
 『黒い家』では主人公が保険金詐欺を目論む犯人に脅迫される際に自宅のセキュリティ強化のため、一つしか錠が付いていないアパートの窓に新たに二つもボルト式の錠を追加するという描写があり、『青の炎』にも妹が同居人に襲われないように妹の部屋に錠を追加するという話がありと、貴志祐介作品を読んでいると身の危険を感じると脆弱な窓や扉に錠を取り付け補強するという描写によく遭遇するため、過去作を読んでいるほど防犯をネタにしてミステリーを書くという流れが自然に見えます。
 
 優れたホラー作品を作る人は恐がりが多いというのと同じで、貴志祐介さんも普段からそもそも防犯意識が高く、自宅のセキュリティに常に不安を持ち続けているからこそ、このような発想のミステリーが作れるのだと思います。
 
 ただ、アイデアは素晴らしいのに、問題は密室トリックそのものと防犯知識が実は密接に関係していないため、終わって見ると防犯の専門家である必要性がさほど感じられないという不満も残りました。
 
 榎本がトリックに気付くキッカケも単に運の要素が濃く、防犯の知識があまり生かせておらず、中途半端さが否めません。これだと、防犯知識で密室トリックを見破ったというより、単に警察によって立ち入り禁止になった犯行現場にピッキングや泥棒のテクニックで忍び込み調査しただけにしか見えず、ラストの盛り上がりが弱く感じます。
 
 犯人が誰かという謎や、用いたトリックは途中から犯人視点の話が始まるのでその時点でさっさと明らかになります。そのため、最大の見せ場は完全犯罪を達成したと思い込んでいる犯人がどんなミスをし、それを榎本がどのように見破り追い詰めていくのかという、『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』のような場面になります。
 
 ここがしっかり防犯のプロである榎本と防犯の素人である犯人の知識差によって事件が解決すると言った内容になっていないため、いまいち榎本の推理にカタルシスがありませんでした。
 

金持ちへの怒り、社会への怒りを体現する硝子のハンマー

 
 本作の防犯探偵というわりにそれほど防犯知識が活かされていないラストはやや不満でした。
 
 ただ、犯人側の半生を事細かく描いているおかげで、タイトルである硝子がらすのハンマーの意味が分かると、このような人生を歩んできた人だからこそこのトリックを思いついたのだという、トリックそのものがドラマ性やメッセージ性を帯びる働きがあり、ぐっと物語に深みが出るため、防犯知識が謎解きに活かされないという問題点もカバーしてくれます。
 
 『青の炎』は主人公が高校生でまだ若すぎることもあり、トリックそのものに人生経験を重ねるという高等な手段が使えなかったのに比べ、こちらの犯人はそれがきっちり出来ており、このトリックに犯人が込めた思いに気付くと無類の興奮を覚えました。
 
 このトリックそのものが犯人にとっての血肉が詰まった芸術作品でもあり、社会の理不尽さに対する犯人からの怒りの鉄槌でもあるという二重構造が美しく、ここはヘタをすると『青の炎』より好きかもしれません。
 
 底辺の人間が色々な職を転々としながらそこで身に付けた技術を寄せ集めて完全犯罪を計画し、憎き金持ちに硝子のハンマーをお見舞いするという痛快さは、漫画の『カイジ』っぽさもあり、読んでいて胸が熱くなりました。
 
 ここは大概メッセージ性をしっかり込める貴志祐介作品としてもかなり出来の良い方で、分厚いガラスの外側が底辺、内側が成功者で、ガラスを二者を隔てる透明な壁に見立て、そこを破壊しようと目論むという話に置き換える巧みさはさすがだなと思いました。
 
 エンタメ小説として面白い上に、ガラスが一体何を象徴しているのか、硝子のハンマーの一撃にどんな意味が込められているのかが分かると、ただの密室殺人だと思った事件に人の体温が宿り、読み終わった後も尾を引きます。
 

最後に

 
 序盤は防犯コンサルタントが防犯知識を総動員して密室トリックに挑むという話が楽しく、後半は日陰者が自分と成功者を隔てる透明なガラスの壁を破壊しようと足掻く話にメッセージ性を込めるという構造が痛快で、傑作だらけの貴志祐介作品でもかなり好きな部類の作品になりました。
 

防犯探偵・榎本シリーズ