発光本棚

書評ブログ

発光本棚

【ミステリー小説】防犯コンサルタントが探偵というアイデアの勝利 |『硝子のハンマー 防犯探偵・榎本シリーズ #1』| 貴志祐介 | 書評 レビュー 感想

f:id:chitose0723:20220326210713j:plain

作品情報
著者 貴志祐介
出版日 2004年4月20日
評価 85/100
オススメ度 ☆☆
ページ数 約608ページ

小説の概要

 
この小説は、防犯ショップの店長であり、防犯コンサルタント(本業は泥棒)の榎本径が、オフィスビルの最上階で起きた不可解な密室殺人事件の謎に挑むという本格ミステリーです。
 
一応、探偵役がいて密室トリックを崩していくという本格ミステリーが主軸ですが、そこに同じ貴志祐介作品の『青の炎』の犯人視点で犯罪計画を描くパートもそっくりそのまま入っています。そのため、探偵側と犯人側、両サイドから密室を作る過程とそれを突破する過程を眺めるという変わった作りとなっています。
 
『青の炎』同様、いかにも貴志祐介さんらしい、犯人が事件に至るまでに辿ってきた過酷な人生を詳細に語り犯行の動機に説得力を持たせ、そこから事件の計画を練り、準備し、実行に移す過程をつぶさに追っていくことで犯罪に立ち会っているようなスリルも味わえます。
 
ミステリーとして良く出来ており、メッセージもきちんと込められている上に、合間合間に泥棒がどのように防犯対策を突破するのかという防犯うんちくもあり、勉強にもなりました。
 

密室の謎と同時にドラマの面白さの謎も判明

 

この防犯探偵・榎本シリーズは、先に『鍵のかかった部屋』というタイトルで2012年にテレビドラマ化されたもののほうをリアルタイムで見ており、これがあのドラマの原作なのかと驚きました。
 
2012年当時は貴志祐介さんのことを知らず、ただの面白いミステリードラマという認識でした。ただ、今なら貴志祐介作品が原作ならあのストーリーの面白さは当然だよなと、ほぼ10年遅れで気付け、なぜ当時『鍵のかかった部屋』というドラマに心惹かれたのか理由が分かりました。
 
先にドラマ版を見ていたためうっすら内容を覚えており白紙の状態で密室のトリックに驚くという新鮮さはありませんでしたが、実際に読むと原作のほうが細部が凝っているのと、漫画の『闇金ウシジマくん』のような、犯人側の闇金に追われるえぐい人生もやたら面白く、ドラマを見た後でもなんら問題なく楽しめます。
 

防犯のプロが専門知識を駆使し密室に挑む本格ミステリー

 

この小説の最大の魅力はなんといっても防犯のプロフェッショナルであり現役の泥棒でもある榎本が、防犯の専門知識と泥棒としてきた鍛えてきた観察力と身体能力を武器に監視カメラや施錠された部屋で出来た密室殺人のトリックを攻略していくというアイデアの妙です。
 
自作を解説する『エンタテインメントの作り方』という本によると、この榎本というキャラクターは貴志祐介さんが自宅の防犯対策のために話を聞いた鍵屋がモデルで、その時に聞いたピッキングや防犯うんちくが面白くそれがこのシリーズに生かされたとのこと。
 

 
『黒い家』では主人公が保険金詐欺を目論む犯人に脅迫される際に自宅のセキュリティ強化のため、一つしか錠が付いていないアパートの窓に新たに二つもボルト式の錠を追加するという描写があり、『青の炎』にも妹が同居人に襲われないように妹の部屋に錠を追加するという話がありと、貴志祐介作品を読んでいると身の危険を感じると脆弱な窓や扉に錠を取り付け補強するという描写によく遭遇するため、過去作を読んでいるほど防犯をネタにしてミステリーを書くという流れを自然に見えます。
 
優れたホラー作品を作る人は恐がりが多いというのと同じで、貴志祐介さんも普段からそもそも防犯意識が高く自宅のセキュリティに常に不安を持ち続けているからこそこのような発想のミステリーが生まれるのだと思います。
 
ただ、アイデアは素晴らしいものの、問題は密室トリックそのものと防犯知識が実は密接に関係していないことです。終わって見るとこの事件に防犯の専門家が必要とも思えません
 
榎本がトリックに気付くキッカケも単に運の要素が強く、防犯の知識があまり生かせておらず中途半端さが否めません。これだと、防犯知識で密室トリックを見破ったというより、単に警察によって立ち入り禁止になった犯行現場にピッキングや泥棒のテクニックで忍び込み調査しただけにしか見えずラストの盛り上がりが弱く感じます。
 
犯人が誰かという謎や、用いたトリックは途中から犯人視点の話が始まるのでその時点でさっさと明らかになります。そのため、最大の見せ場は完全犯罪を達成したと思い込んでいる犯人がどんなミスをし、それを榎本がどのように見破り追い詰めていくのかという『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』のような場面になります。
 
ここがしっかり防犯のプロである榎本防犯の素人である犯人知識差によって事件が解決すると言った内容になっておらず、いまいち榎本の推理にカタルシスがありませんでした。
 

金持ちへの怒り、社会への怒りを体現する硝子のハンマー

 

防犯コンサルタントが探偵というアイデア以外に秀逸なのが、犯行のトリックがその犯人の人生を背負っているというメッセージの込め方です。
 
犯人側の半生を事細かく描いているおかげで、タイトルである硝子がらすのハンマーの意味が分かると、このような人生を歩んできた人だからこそこのトリックを思いついたのだという、トリックそのものがドラマ性やメッセージ性を帯び、防犯知識が謎解きに活かされないという問題点もカバーしてくれます。
 
『青の炎』は主人公が高校生でまだ若すぎることもあり、トリックそのものに人生経験を重ねるという高等な手段が使えなかったのに比べ、こちらの犯人はそれがきっちり出来ており、このトリックに犯人が込めた思いに気付くと無類の感動を覚えました。
 
このトリックそのものが犯人にとっての血肉が詰まった芸術作品でもあり、社会の理不尽さに対する犯人からの怒りの鉄槌でもあるという二重構造が美しく、ここはヘタをすると『青の炎』より好きかもしれません。
 
底辺の人間が色々な職を転々としながらそこで身に付けた技術を寄せ集めて完全犯罪を計画し、憎き金持ちに硝子のハンマーをお見舞いするという痛快さは、漫画の『カイジ』っぽさもあり、読んでいて胸が熱くなります。
 
ここは大概メッセージ性をしっかり込める貴志祐介作品としてもかなり完成度が高く、分厚いガラスの外側が底辺、内側が成功者で、ガラスを二者を隔てる透明な壁に見立て、そこを破壊しようと目論むという話に置き換える巧みさはさすがだなと思いました。
 
エンタメ小説として面白い上に、ガラスが一体何を象徴しているのか、硝子のハンマーの一撃にどんな意味が込められているのかが分かると、ただの密室殺人だと思った事件に人の体温が宿り、非常に素晴らしいメッセージを叩き付けられます。
 

最後に

 
序盤は防犯コンサルタントが防犯知識を総動員して密室トリックに挑むという話が楽しく、後半は日陰者が自分と成功者を隔てる透明なガラスの壁を破壊しようと足掻く話にメッセージ性を込めるという構造が痛快で、傑作だらけの貴志祐介作品でもかなり好きな作品です。
 

防犯探偵・榎本シリーズ

タイトル
出版年
狐火の家 #2
2008年
鍵のかかった部屋 #3
2011年
ミステリークロック #4
2017年

貴志祐介作品

 
 

TOP