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失われた平穏を取り戻すべく、少年が孤立無援の完全犯罪に挑む 「青の炎」 著者:貴志祐介 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 貴志祐介
発売日 1999年10月25日

短評

 
 我が物顔で家に居座る粗暴な男から家族を守るべく、頭脳明晰な17歳の高校生が完全犯罪を行う様を犯人の目線で描く青春ミステリー。
 
 まだ子供の主人公が、様々な書物やネットを漁り知り得た情報を元に同居人の殺害計画を立てていく過程を緻密に描くため、殺人に至る心の動きから、犯罪の準備、実行までを追体験するようなドキュメンタリータッチな怖さがある。
 
 ただ、小説の文体が青春ものと相性が悪いという問題や、中盤以降に蛇足でしかない展開が始まり中だるみするなど不満も多々ある。
 
 それでも、実際に犯罪に立ち会うような緊張感を味わえるのと、真っ当な人間が犯罪に手を染めると罪悪感で心身がボロボロになってしまうというメッセージ性が強烈で、貴志祐介作品でも上位の存在感を放つ力作。
 

テンポの良い完全犯罪計画

 
 この小説は、17歳にしては秀才で頭が切れる主人公が、家に強引に居座り続ける乱暴で金使いの荒い母親の元夫から家族を守るため、完全犯罪で同居人を葬ろうと企てるクライム青春ミステリーです。
 
 本作で最も面白い部分は、いつも細かい設定一つ成立させるだけでもディテールに凝りまくる神経質な貴志祐介さんらしさ全開の、綿密な完全犯罪の計画を立て、着々と準備し、ついには実行に移すまでの全行動を追体験させる試みです。
 
 まず、いきなり序盤から法医学の本を読み、検死において事故と認定される殺し方は何か調べ、そこから事故死に見せかけた完全犯罪を成立させるための殺害方法をひたすら探し続けるという話が始まり、面喰らいました。
 
 普通だったらたっぷりと時間を掛けて主人公の日常を描いてから、家に転がり込んできた男のせいで家庭が崩壊し、真っ当な手段で追い出そうとしても埒が明かず、やむなく殺害計画を立てるという話に順序立てて移行しそうなものなのに、本作はそこはあっさり済ませてしまいます。
 
 そのため、冒頭からいきなり主人公が殺害計画を練り始めるので、一度読み出すと次から次に提示される、17歳の子供が準備できる道具のみを使った完全犯罪のアイデアに興味を惹かれ、止め時を失います。
 
 ただ、物語の背景を丁寧に描かず、急ぎ足で完全犯罪を計画し始めるという、過度に読みやすさを優先している悪影響もハッキリあります。冒頭で幸せだった日常を描いていないせいで、平穏を取り戻すべく同居人を実力行使で排除すると決心するまでの心情変化が極端に弱く見えます。
 
 そのせいで、実際に犯行を行うくだりになると走馬燈のようにこれまでの家族との思い出が駆け巡るといった本来生じなければならないはずの感情がイマイチ湧かず、念入りな計画のわりにあっさりした感慨しかありませんでした。
 
 これは、話のあらすじを読むとどちらかというと純文学っぽい匂いがするので、それとのギャップもあると思います。もう少し主人公がやむを得ず犯罪に走る際の心の機微を繊細に描く文学的なアプローチなのかと思ったら、いつもの貴志祐介さんらしい頭の良い17歳の子供が最大限考え抜いた結果思いつくであろう完全犯罪のアイデアの細かさを理路整然と描いていくため、違和感もありました。
 
 詳しくは後述しますが、この物足りなさは貴志祐介さんの作風が極端に理系寄りで感情よりは論理を優先する作風なこともあると思います。
 
 しかし、その分長々とした何も起こらない日常生活描写などは最小限に抑えられており、小説を読み始めると同時に中毒性が高い水準で固定されそのまま持続し、退屈な瞬間はほぼありませんでした。
 
 自分も読む前はもっとドストエフスキーのようなずっしり来る重苦しい内容なのかと思っていたら、わりとストレートに完全犯罪計画を追体験するサスペンス性の強い小説なので、別にそこまで身構える必要はなかったなと読んでいる最中に気付かされました。
 

うーん、私の完全犯罪もサツにばれないか不安だな………

 

いくらなんでも蛇足過ぎる中盤以降

 
 本作は序盤~中盤は圧巻の中毒性でテンポ良く進むのに、その緊張の糸が中盤でぷっつり切れてしまい、その後はやや迷走したような状態で進むので、トータルとしては語りのバランスがいいとは思えません。
 
 中盤の出来事はなぜこんな異物みたいなエピソードを入れたのかまったくピンとこず、ほとんど無意味です。主人公が家族を守るために完全犯罪を決意するという話なのに、動機が家族から大きく離れてしまい、関係ない話が唐突に始まったようにしか見えません。
 
 これがあっても無くても特に全体の主旨にさほど影響がなく、納まりの悪さが目立ちます。せいぜい似たような構造を反復させ、主人公が他人の犯罪計画を妨害した報いを受けるという皮肉や、周りの友人にしっかり相談していれば良かったという後悔をより強化するくらいで、そこまで重要な話に見えず。
 
 これなら中盤までのエピソードのほうだけで物語を成立させるか、最初からこちらのほうの展開も予兆を挟んで心構えさせておかないと、ぶつ切り感が半端無く、読んでいて気持ちをうまく切り替えられませんでした。
 
 貴志祐介作品は本筋と関係ない別の話や設定が混じっているような構成の不備が目立つ作品が多く、本作もわりとそれに近いものがあります。
 
 最初から最後までテーマや語りのテンポが一貫していると『黒い家』や『天使の囀り』、『新世界より』のような大傑作になるので、それらに比べるとやや歪で、諸手を挙げて傑作とは言えません。
 

青春ものと文体の相性の悪さ

 
 前述した貴志祐介さんは感情よりは論理で小説を書くため、本作の純文学っぽい設定と相性が悪いという問題の大きな原因は文体にあると思います。
 
 読者の心に訴えかけ、さざ波を生じさせるというよりは、どちらかというと起こっている現象を論理的に説明することに特化したような文体で、これで青春ものを描くには無理があり、どうしても不自然に見えます。
 
 しかも、主人公が犯罪を計画する影響で精神的に参っていく様をどう表現するのかが作家の腕の見せ所のはずなのに、実家が酒屋を営んでいる友人から酒を融通して貰いヤケ酒して酔っ払うということでストレスを表現してしまうため、高校生の心がどう摩耗し壊れていくのかを正面から描いているように見えず、ここは明確に不満でした。
 
 貴志祐介さんの飾り気がなく理路整然としている文体は『黒い家』のような不幸が誰の身にも降りかかりそうな寒々しい気配を漂わせるモダンホラーや、ロジカルなSFにこそ向いており、青春ものだといくら主人公を極端に理屈屋にしてみても、背後に文章を書いている大人が透けて見えしっくりきません。
 
 ただ、本作をモダンホラーとして書いてしまうと初々しさが足りず、ラストのあのやるせない余韻をどうやっても出しようがないので、結末まで読みあの余韻を味わうと多少違和感があっても青春ものとして書いて正解だったなと、遡って納得できます。
 

最後に

 
 えぐいホラー小説ばかり書く貴志祐介さんにしては珍しい青春ドラマに最初は戸惑いましたが、読み終わると間違いなく貴志祐介さん以外の何者でもないというメッセージと余韻が残り好きな作品になりました。
 

余談

 
 この小説を読んだらゲームの『ひぐらしのなく頃に』の祟殺し編で、主人公がサトコを救うために完全犯罪を試み次第に追い詰められていくというエピソードの元ネタはこの作品なのだと気付きました。
 
 これ以外もひぐらしは貴志祐介作品の影響がそこかしこにあり、読めば読むほどひぐらしは貴志祐介さんのメッセージ性の強いホラー小説の影響下で生まれたゲームなのだと分かります。