著者 | 貴志祐介 |
出版日 | 1999年10月25日 |
評価 | 85/100 |
オススメ度 | ☆ |
ページ数 | 約496ページ |
小説の概要
この小説は、強引に家に居座り続ける粗暴な母親の元夫から家族を守るため、17歳の青年が完全犯罪を企てるクライム青春サスペンスです。
まだ10代の主人公が様々な書物やネットを漁り調べた情報を元に同居人の殺害計画を立てる過程を緻密に描くため、殺人に至る心の動きから犯罪の準備、実行までを追体験するようなドキュメンタリータッチなスリルがあります。
ただ、小説の文体が青春ものと相性が悪いという問題や、中盤以降に蛇足でしかない展開が始まり中弛 みするなど不満もあります。
それでも、実際に犯罪に立ち会うような緊張感と、真っ当な人間が犯罪に手を染めた場合、罪悪感で心身がボロボロになってしまうというメッセージ性が強烈で、貴志祐介作品でも上位の名作です。
テンポの良い完全犯罪計画
本作で最も面白い部分は、綿密な完全犯罪の立案から準備、ついには実行に移すまでの全行動を追体験させる試みです。
まず、いきなり序盤から法医学の本を読み、検死において事故と認定される殺し方は何か調べ、そこから事故死に見せかけた完全犯罪を成立させるための殺害方法をひたすら探し続けるという話が始まり面喰らいました。
普通だったらたっぷりと主人公の日常を描いてから、家に転がり込んできた男のせいで家庭が崩壊し真っ当な手段で追い出そうとしても埒が明かずやむなく殺害計画を立てるという話に順序立てて移行しそうなものなのに、本作はそこをあっさり済ませてしまいます。
ただ、主人公家族の背景を丁寧に描かず過度に読みやすさを優先する悪影響もハッキリあり、冒頭で幸せだった日常を描いていないせいで、平穏を取り戻すべく同居人を実力行使で排除すると決心するまでの心情変化が極端に弱く見えてしまいます。
そのせいで、実際に犯行を行うくだりになると走馬燈のようにこれまでの家族との思い出が頭を駆け巡るといった本来生じなければならないはずの感情が湧かず、念入りな計画のわりにあっさりした感慨しかありませんでした。
詳しくは後述しますが、この物足りなさは貴志祐介さんの作風が極端に理系寄りで感情よりは論理を優先する作風なことも原因だと思います。
しかし、その分長々とした何も起こらない日常生活描写などは最小限に抑えられており、小説を読み始めると同時に中毒性が高い水準で固定され退屈な瞬間はほぼありません。
読む前はもっとドストエフスキー小説のようなずっしり来る重苦しい内容なのかと思っていたら、わりとストレートに完全犯罪計画を追体験するサスペンス小説なので、そこまで身構える必要はありませんでした。
いくらなんでも蛇足過ぎる中盤以降
本作は序盤~中盤は圧巻の中毒性でテンポ良く進むのに、その緊張の糸が中盤でぷっつり切れてしまい、その後はやや迷走したような状態で進むためトータルとしては構成のバランスがいいとは思えません。
中盤以降の出来事はなぜこんな異物みたいなエピソードを入れたのかまったくピンときません。主人公が家族を守るために完全犯罪を決意するという話なのに、動機が家族から大きく離れてしまい、関係ない話が唐突に始まったようにしか見えませんでした。
これがあっても無くても特に全体の主旨にさほど影響がなく、納まりの悪さのみが目立ちます。せいぜい似たような構造を反復させ、主人公が他人の犯罪計画を妨害した報いを受けるという皮肉や、周りの友人にしっかり相談していれば良かったという後悔をより強化するくらいで、そこまで重要な話に見えません。
これなら中盤までのエピソードのほうだけで物語を成立させるか、最初からこちらのほうの展開も予兆を挟んで心構えさせておかないとぶつ切り感が半端無く、一つの小説の中に二つの物語を無理矢理ぎゅうぎゅうに押し込めたような窮屈さすら感じます。
貴志祐介作品は本筋と関係ない別の話や設定が混じっているようなプロットの不備が目立つ作品が多く、本作もわりとそれに近いものがあります。
最初から最後までテーマや語りのテンポが一貫していると『黒い家』や『天使の囀り』、『新世界より』のような大傑作になるので、それらに比べるとやや歪で、諸手を挙げて傑作とは言えません。
青春ものと文体の相性の悪さ
前述した貴志祐介さんは感情よりは論理で小説を書くため、本作の純文学っぽい設定と相性が悪いという問題の大きな原因は文体にあると思います。
読者の心に訴えかけ、さざ波を生じさせるというよりは、どちらかというと起こっている現象を論理的に説明することに特化したような文章で、これで青春ものをやるとどうしても不自然さが目立ちます。
しかも、主人公が犯罪を計画する影響で精神的に参っていく様をどう表現するのかが作家の腕の見せ所のはずなのに、実家が酒屋を営んでいる友人から酒を融通して貰いヤケ酒して酔っ払うということでストレスを表現してしまうため、高校生の心がどう摩耗し壊れていくのかを正面から描いているように見えずここは明確に不満でした。
貴志祐介さんの飾り気がなく理路整然としている文体は『黒い家』のような不幸が誰の身にも降りかかりそうな寒々しい気配を漂わせるモダンホラーや、ロジカルなSFにこそ向いており、青春ものだといくら主人公を極端に理屈屋にしてみても背後に文章を書いている大人が透けて見えしっくりきません。
ただ、本作をモダンホラーとして書いてしまうと初々しさが足りず、ラストのあのやるせない余韻をどうやっても出しようがないので、結末まで読みあの余韻を味わうと多少違和感があっても青春ものとして書いて正解だったなと遡って納得はできます。
最後に
えげつないホラー小説ばかり書く貴志祐介さんにしては珍しい青春ストーリーに最初は戸惑いました。
しかし、読み終わると間違いなく貴志祐介さん以外の何者でもない、問題解決を暴力に頼ると最悪の結末に至るという強烈なメッセージが浮かび、好きな作品になりました。
余談
この小説を読んだらゲームの『ひぐらしのなく頃に』の祟殺し編で、主人公がサトコを救うために完全犯罪を試み次第に追い詰められていくというエピソードの元ネタはこの作品なのだと気付きました。
これ以外もひぐらしは貴志祐介作品の影響がそこかしこにあり、読めば読むほどひぐらしは貴志祐介さんのメッセージ性の強いホラー小説の影響下で生まれたゲームなのだと分かります。
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