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【小説】禅問答のようなミステリー、ミステリーのような禅問答 『鉄鼠(てっそ)の檻 百鬼夜行シリーズ #4』 著者:京極夏彦 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:90/100
作品情報
著者 京極夏彦
発売日 1996年1月

小説の概要

 
 この小説は、箱根の山中に存在するいつの時代にどの流派が建てたのか皆目不明な謎多きぜん寺、明慧寺みょうけいじを舞台に、僧侶が次々と不可解な殺され方をしていく禅僧ぜんそう連続殺人事件を京極堂こと中禅寺 秋彦ちゅうぜんじ あきひこが解決する百鬼夜行シリーズの4作目です。
 
 箱根の人里離れた山中にある奇妙なぜん寺の秘密が明らかとなる伝奇ミステリーとしての快感が味わえるのと同時に、禅問答そのものをミステリーや物語の形式に見立て、悟りを疑似体験するかのようなぶっ飛んだ趣向も凝らされており、百鬼夜行シリーズの中でも完成度が一際高い一作です。
 
 ただ、またしても前作の『狂骨の夢』と同じく、終盤近くまで長々と会話劇や禅の講釈が繰り返され読み進めるのに苦痛が伴う内容なのは変わらず、そこは不満でした。
 
 それにシリーズ1作目の『姑獲鳥うぶめの夏』の事件関係者が再登場し物語に深く絡み、しかも姑獲鳥とテーマ性も反復させるなど関係性が強いため1作目の内容を忘れている場合は最大限楽しむことは出来ないという厄介さもあります。
 
 しかし、後半の怒濤の巻き返しもまた健在で禅の歴史を知ることで事件の見え方が変質し、そこにあるのに見えなかった檻を認識できるようになる衝撃のラストの鮮やかさは見事で、相変わらず伝奇ミステリーとしての完成度はずば抜けていました。
 

世俗から隔絶された禅寺で起こる僧侶連続殺人事件

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 今作はまたもや『魍魎の匣』や『狂骨の夢』と似ており、複数の出来事が絡み大きな事件に発展していく形式を取っています。
 
 建てられた経緯も時代も所有者も謎だらけの禅寺、明慧寺みょうけいじ。修行僧が動機不明のまま次々殺害される僧侶連続殺人。地面の下に埋もれた状態で発見された禅に関する貴重な古書が数多く保管された奇妙な蔵の正体。古物商が僧侶から取引を持ちかけられた明慧寺みょうけいじに眠る世に出ることがあり得ない神品と称される美術品の謎と、それぞれ別々の人間が抱える問題が一つに合流する作りは過去作同様です。
 
 まず、今作がこれまでのシリーズと比べ異例なのはシリーズ1作目の『姑獲鳥の夏』で起こった久遠寺くおんじ医院の事件と大きく絡むこと。これまでも過去の事件について次巻で多少触れることはありましたが、今作に限っては『姑獲鳥の夏』のキャラクターが再登場し事件に巻き込まれる上に、テーマも1作目を大胆に反復するような内容なため、姑獲鳥で起こった事件を忘れている場合は一部話の理解に支障をきたします。
 
 それに相変わらず『狂骨の夢』とほとんど変わらないほどの説明量と殺人的なページ数で、最後まで絶対に読むという意志と根気がないと読み進めるのが大変なのも変わりません。
 
 しかし、それさえ乗り切れば『狂骨の夢』と同じく、最初は関連性を見出せなかった個々の事件が小気味よく連結していく興奮が味わえ、終盤は京極堂が謎を紐解いていく憑き物落としから目が離せなくなるのは過去作と同様です。
 
 よくもこれだけ寺や仏教・禅の歴史を語り続けても情報に呑まれず、目的を見失わず、全て相手の思い込みや勘違いを自覚させる憑き物落としに繋げる芸当が出来るなと、ただただ作者の語りのバランス感覚に圧倒されました。
 

『姑獲鳥の夏』のハイセンスなアレンジ版

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 謎多き禅寺の秘密が解き明かされていく興奮と同じくらい重要なのが、この『鉄鼠てっその檻』という物語自体が作中に幾度となく交わされる、禅僧同士の謎掛けのように巨大な禅問答の見立てになっているというコンセプトの美しさです。
 
 序盤はただの難解な呪文にしか思えなかった禅僧のセリフが、禅の歴史を説明されることで翻訳が可能な意味を持った言葉となり、実は最初から読者に対して真実はオープンにされていたということに気付けるという興奮は、事件は始まる前にすでに終わっていた『姑獲鳥の夏』に近いものがあります。
 
 切り口は『姑獲鳥の夏』とそっくりなのに、向こうは正統な憑き物落としでその人の心の問題と向き合う話で、それに対しこちらは憑き物落としというよりも知らず知らずのうちに自分を縛りつける檻に囚われた者たちを解放してあげるという、その者たちが身を置く環境の歪さに気付かせる主旨で、似て非なる感触でした。
 
 普通のシリーズものだと、前作と話の構造を似せてしまうとただ単に一段スケールが落ちただけという結果になりがちなのに、本作は構造は過去作と似ていても、そこから異なる教訓や快感を得られる話に仕上がっており、アレンジのセンスの良さが光ります。
 

『スターウォーズ』でバカの一つ覚えのようにデススターを出し、『攻殻機動隊』で人形使いを真似たエピソードをいくらやっても失敗し、『ガンダム』で何人も仮面の宿敵を登場させても滑るだけなのとは別ですね

 
 すでに答えは目の前にあるのにそれが答えと見抜けず、延々と遠回りすることで、それが読者にとって先入観や思い込みを洗い落とす修行となり、最後は真相という目的地に届けてしまう語りの精度はいかにも京極夏彦作品らしいなと思います。
 
 このシリーズの目的は単に謎を解くことではなくより困難な事件関係者の憑き物を落とすと同時に読者の思い込みも払拭することで、そのためにはこの膨大な説明量の多さも仕方がないと納得できます。
 

またしても繰り返される苦痛極まりない会話劇

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 今作で最もストレスなのは、こってりとした味付けのキャラ設定とおどけたような会話劇の組み合わせから生じる耐え難いくどさです。
 
 終盤の憑き物落としの際に必要な情報を長々と説明するのは仕方がないにしても、少し度が過ぎるほど会話がしつこく退屈で読書中に何度も眠気で中断を余儀なくされました。
 
 序盤はまだ陽気な箱根旅行のような雰囲気でレギュラーメンバーのやり取りも微笑ましく楽しく読めていたのに、途中から頭が悪い人間が出てきて延々と中身のない会話が始まるため読むのが辛くなりました。
 
 レギュラーである刑事の木場以外のキャラはほぼ全員律儀に勢揃いするので会話がいちいち長引く上に、何度も宿と寺の移動が繰り返されうんざりします。
 
 賢いけど実は心の問題を抱える人間が憑き物落としで不安や悩みを解消されるくらいでいいのに、バカな刑事を出してバカなやり取りをさせ最後は憑き物落としでバカが治りましたという単調な展開は本当に止めて欲しかったです。
 

最後に

 
 今回も『狂骨の夢』と同じく終盤までは延々と繰り返される長い会話劇と終わりが見えない果てしない説明にうんざりしていたのに、終盤になった途端に不満を覚えた箇所が魔法のように伝奇ミステリーとして謎が解けるカタルシスに転じ、読み終わると評価が急上昇するという読後感はまったく同じでした。
 
 読後は物語全体が嫉妬の檻に囚われた者たちの話であると気付いたり、周辺の民家を襲う鼠の大群が意味するものが分かると不思議と解放感を覚えたりと、相変わらず京極夏彦作品は読者側の憑き物も同時に落としてくれるため、小説を読む前と後で物事の見え方が変わり、物語が人に与える効能というものを深く考えさせてくれます。
 

百鬼夜行シリーズ

タイトル
出版年
魍魎の匣 #2
1995年
狂骨の夢 #3
1995年
絡新婦(じょろうぐも)の理 #5
1996年
塗仏(ぬりぼとけ)の宴 宴の支度 #6(前編)
1998年
塗仏(ぬりぼとけ)の宴 宴の始末 #6(後編)
1998年
 
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