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円環の虚無と無秩序の快楽 『テンダーワールド』 著者:藤木稟 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:95/100
作品情報
著者 藤木稟
出版日 2001年6月1日

小説の概要

 
 この作品は、近未来のラスベガスに作られた実験型巨大ネットシティ“OROZ”を舞台に、人類最高の頭脳を持つネイティブ・アメリカンの天才科学者ロザリーと、世界そのものの在り方を変えた量子コンピューター“タブレット”、人間の能力を向上させる謎のネットゲーム“ゴスペル”と、ゴスペルを利用し信者を洗脳するカルト集団“ハイネスト・ゴッド”、人間がエイリアンのような死体となって発見される怪事件と、事件の真相を追うデザイン・チャイルドのFBI捜査官など、様々な組織や人物、事件が複雑に絡み合うSF伝奇小説です。
 
 世界観が共通する『イツロベ』、『テンダーワールド』、『アークトゥールス』という三部作の二作目でもあります。
 
 全編サイバーパンクや伝奇、科学にオカルトにスピリチュアルとジャンルや取り扱う情報の種類が縦横無尽に錯綜するトリッキーな作りで、一読しただけでは理解できないほど難解です。
 
 しかも、リドル・ストーリーのように様々なヒントを提示するだけで真相は読者に考えさせるという突き放すような終わり方をするため、この本だけ読んでもスッキリはしません(続編もありますが、この小説だけでもとりあえず大丈夫な作り方をしています)。
 
 知的好奇心を刺激する数多くのSFガジェットや、科学と神話が融合していくようなジャンル横断的な壮大なスケールと、作者の好きなものを凝縮させた小宇宙のような作風は圧巻でした。
 

サイバーパンクと伝奇と神話とミステリーとBLと…

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 この小説の魅力は、個々の設定だけ抜き出しても小説一冊が余裕で書けるほど惜しげもなく投入され続ける贅沢なアイデアと、それに加えこの小説がSF論の様相を呈するような奇怪な構造です。
 
 作中に登場するネットゲーム“ゴスペル”が、秩序ではなく無秩序を志向することで人間が普段は使用せず遊ばせている脳の非活動領域を刺激し人の能力を向上させるという設定通り、この小説もあえてジャンル横断的かつ多種多様な方向性の情報を読者に浴びせることで無秩序の状態を作り出しており、徐々に作中の設定と読書がもたらす感触が相似していく麻薬的な快感があります。
 
 本作を読んでいると、SFが目指すべきものは体系だった秩序を解体し、進化の可能性が渦巻く無秩序の海を作り、そこに読者を叩き落とすことで思考を加速させることなのではないとかすら思えるほどです。
 
 これからはSFを物語でもなく、社会風刺でもなく、未来社会のシミュレーションでもなく、意図して創造的な無秩序を生み出す装置として捉えるのもいいなと思えるほど、本作のSF観はしっくりきました。
 

作者と小説のフラクタルな関係性

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 この小説を読んでいて気付いたことがもう一つあります。自分は一つのジャンルに縛られない、作者の好みがごった煮で書かれた小説が大好きですが、本作を読んでいるとなぜそのようなジャンル横断的な小説に惹かれるのかというと、作者と小説がフラクタル図形のような相似形の関係なのだからだと思い至りました。
 
 
 一見個々の要素に繋がりが無さそうでも作者の好みによって強固に連結しており、法則があってもそれは書いている本人の頭でしか解読できないという、小説のどこを拡大しても作者の模様が浮かび上がってくるような幾何学きかがく的な作品が好みなのだと、この本を読んでいてようやくピンときました。
 
 この小説は、普段使わない思考の回路を刺激されるため、いつもなら延々と考え続けても答えが出ないような問いがふと解けることがいくつかあり、まさにこの小説で登場するゴスペルという人間の無意識に働きかけ能力を向上させるゲームの効果を体験するような刺激に満ちています。
 

新しいと古いが混在

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 この小説は出版が2001年なので、今読むと未来を予言するかのような先見の明がある箇所と、さすがに古いなと思う箇所が両方存在します。
 
 優れた箇所は、全ての人間が量子コンピューター“タブレット”(タブレットPCとはまったく関係ありません)を所有し、タブレットに依存して生きているという設定がスマホ社会である現代そのもので、スマホが存在しなかった時代に書かれたとは思えないほど自然に馴染んでいます。
 
 登場人物の中にネットニュースを個人で配信することを職業とするジャーナリストもおり、これもそのままニコニコ動画の生主やYouTuberに通じ、本当にこれが20年前に書かれた小説なのかと驚かされます。
 
 逆に今読むと古くさいのは、タブレットの記録媒体がDVDなこと。当時としては主流なメディアですが、さすがに持ち運び可能な量子コンピューターにDVDドライブが内蔵されているという設定は今だとあり得な過ぎて笑います。
 

容量が少なかったとは言え、当時でもSDカードやUSBメモリなどのフラッシュメモリーはあったはずなのに、なぜわざわざ音がうるさい光学ドライブなのか意味が分かりません

 
 それに、これは偶然ですが街の大気汚染が酷く全員濾過ろかマスクを付けて外を歩いているという部分は完全にコロナ禍の景色と被るなど、現代との意外な共通点もありました。
 
 全体的に古さをあまり感じさせないほど未来への想像力が豊かで、SF作家の的確な未来予測に感心させられるばかりです。特にタブレットが完全にスマホにしか見えないので、脅威の未来的中率だと思います。
 

最後に

 
 ストーリーは色々と推理できるようにヒントとなる情報は散りばめられていますが、ラストはぶつ切りで終わるため、あまり期待し過ぎると後悔します。
 

ぶつ切りと言えば、PS2のゲームである、インフィニティシリーズの『Remember11』みたいと言えば分かる人は分かると思います

 
 難解な数学や幾何学の設定の羅列に圧倒されると同時に、神の名前が完全にオヤジギャグで決まるという脱力するようなユーモアもあり、掴み所がない怪作でした。
 

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