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清冽な雪国に育まれた名将、直江兼続の生涯 『天地人』 著者:火坂 雅志 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:90/100
作品情報
著者 火坂 雅志
出版日 2006年9月1日

小説の概要

 
 この作品は、戦国大名である上杉景勝かげかつの懐刀として生涯上杉家にその身を捧げた戦国武将、直江なおえ兼続かねつぐの一生を描いた歴史小説です。
 
 2009年にNHKで放映された大河ドラマ『天地人』の原作小説でもあります。
 
 “越後の龍”こと上杉謙信けんしんに小姓として仕えた後、謙信の養子であり上杉家の当主、上杉景勝の腹心の家臣となり、謙信亡き後の後継者を巡る内乱である御館おたての乱や、関ヶ原の戦い、大坂夏の陣・冬の陣と、上杉家の存亡の危機を幾度も救った名将、直江兼続の人生を追体験する内容です。
 
 清潔な越後の雪景色のごとき美文と相まって、上杉謙信が存命中の序盤は抜群の面白さでした。
 
 しかし、謙信が世を去る中盤以降は、視点が兼続を離れ戦国の世を俯瞰する説明調の群像劇となり、兼続があまり目立たなくなるのが残念でした。
 

雪化粧が映える越後の冬と、人間離れした謙信に酔う文章

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 この小説の最大の魅力は、越後の静謐せいひつなる雪景色を眺めるような、角張るものがない整った文体の美しさです。西洋画のような写実的な眺めではなく、日本画を思わせる、どこか輪郭の曖昧さを楽しむような柔らかい文体で、読む際に快感が伴います。
 
 特に、主人公兼続かねつぐの心の師でもある上杉謙信を描写する手並みは格別でした。家臣たちの謙信への陶酔がそのまま宿るかのように、ただただ謙信に仕え力強い眼差しと温かい言葉をかけて貰えるだけで夢心地の気分を味わえ、文章だけで稀代の傑物が発する英気を表現しようという意気込みが感じられます。
 
 この優れた文章力のおかげで、越後の庶民の食べ物ですら涎が出そうなほど美味しそうに感じられ、風景描写も雪国で生まれ育ち雪景色に親しみを覚える者の眼を借りるような鮮やかさで、美文を読む喜びをこれでもかと堪能できました。
 
 ただ、上杉謙信が亡くなってからは、戦国の世の流れをひたすら俯瞰で追う説明的な文章が続き、文才を堪能できる機会が激減するため、尻すぼみな印象を受けてしまいます。
 

延々と戦国時代の説明が続く退屈な中盤以降

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 この作品は直江兼続の生涯を描くという内容ながら、途中から視点が兼続より離れ、戦国時代をひたすら雲の上から見下ろすような俯瞰的な語りとなり、面白さが激減します
 
 この説明調な語りは、戦国時代に起きる一通りの出来事や、上杉家に降りかかる大小様々な問題を整理された状態で学べるという見方もできますが、いち小説としては単調です。
 
 特に、兼続が単独で主役だった状態から急に群像劇スタイルになるという点が最も深刻だと思います。途中から、視点が石田三成や真田幸村、徳川家康と同時代を生きた者たちの間を行き来し、たまに兼続に視点が戻るという程度の存在感となってしまい、兼続がどれだけ出世しても我が事のように感じられず、どのような行いをしてもただ結果を読まされる程度の手応えしかありません。
 
 ではあちこち視点が飛ぶことで何か兼続パートに厚みが生まれるかというと特にコレといった効果もなく。単に戦国時代の出来事を広範囲に説明するのみで、代わる代わる多様な武将たち視点の話を挟むのに、別段その人たちの人生を丁寧に扱いもしません。石田三成が関ヶ原の戦いで敗北し斬首されてもほんの数行のみしか触れないとか、なぜこの人物にこれほどページを割いたのか後々に分からなくなる始末でした。
 
 兼続が主人公なのだから、全て兼続の眼を通して、兼続はこの武将をこう見るとか、この件に対して兼続はこう思ったなどという描き方をしてくれないと、起こった出来事を客観的に説明されるだけで面白味がありません。戦国時代を満遍なく広く描こうとするあまり、戦国の情勢の移り変わりが主役で、それに振り回されるだけの兼続は脇役のような扱いとなり、終始存在感が希薄でした。
 
 兼続は武勲を上げる勇猛タイプの武将ではなく、どちらかというと内政や外交力に優れた政治家タイプのため、戦いの趨勢すうせいより内政中心でどのような経済対策をしたのかや、外交で不利な状況からどのような好条件を引き出したのかいった交渉力に焦点を絞ったほうが兼続の有能さがより伝わったと思います。
 
 この小説は、ただ上杉謙信や兼続を神格化するのではなく、儒学の影響による義の精神を貫くには志の高さだけでは足りず、それを支える経済力という基盤も絶対に必要であるという非常に現実的なメッセージも強く発しています。そのため、どの戦でどっちが勝ったか負けたかという俯瞰した散漫な説明より、激動の戦国時代に振り回される上杉家を最後まで存続させた兼続の政治力が際立つような構成にしたほうが、メッセージがより響いたと思います。
 

最後に

 
 全編に渡り、まったく物語上必要のない登場人物や展開が多いなど、構成の不備が明確で、手放しで褒められるような完成度ではありません。
 
 しかし、序盤の神々しいまでの謙信の佇まいが最高なのと、風景を中心とした越後の厳しさと温かさに触れるような文章も心地よく、最終的には好ましさが大きく勝ります。
 
 
 
 
 
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