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考えるな感じろ、でもやっぱり考えろ 『TENET(テネット)』 〈レビュー・感想〉

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トレーラー

評価:95/100
作品情報
公開日(日本) 2020年9月18日
上映時間 151分

映画の概要

 
 この作品は、TENETテネットと呼ばれる謎の組織にスカウトされた主人公が、未来人と協力し過去の人類を滅ぼそうと企む武器商人セイターを追うという内容です。
 
 この映画は、他の映画とまるで異なる、この作品のみでしか通用しない独自のルールを採用しており、一回見ただけでは内容を理解することが出来ません。そのため最初から複数回視聴することを覚悟して臨まないと意味が分からないだけの退屈な映画で終わる危険性もあります。
 
 この映画独自のルールが理解できると、ようやく画面で起こっている現象について色々な仮説を立てられるようになり、面白さは格段に向上します。
 
 映像的に時間の向きが変わるという常識を揺さぶる映像体験が味わえるのに加え、悲壮感が漂う寒々しい雰囲気が肌に合い、クリストファー・ノーラン監督作品の中では今作がぶっちぎりで一番好きです。
 

この映画の絶対に覚えるべき基本ルール

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※映画の設定に関するネタバレが含まれます
 
 
 まず、この映画の最大の注意点は、どんな映画マニアだろうと一回見ただけでは内容が理解できないことです。これはストーリーが難解というよりも、過去のどんな映画とも異なるこの映画独自の時間に関するルールが採用されているためで、このルール設定を理解できるまではこの映画の良さが分かりません
 
 自分も一回目は、クリストファー・ノーラン監督が変な設定の映画ばかり撮りすぎてついに頭がイカれてしまったのかと心配するほどワケが分からず、退屈でずっと眠いだけでした。なので、二回目を見直し、一回目で不明瞭だったルール設定を呑み込めてからがこの映画の本番です。
 
 この映画に限っては、撮影が良い悪いとか、役者の演技がうまい・下手とか、脚本がどうこうの前にまず時間に関するルールを呑み込み、時間が前に進んでいる人(順行の人)と、時間が後ろ向きの人(逆行の人)を見分けられるようにならないとスタートラインにすら立てません。
 
 ルール設定で覚えるべき基本は主に三つです。
 
1.時間が過去に向かって進んでいる(逆行している)人物は酸素マスクをしている
 
2.順行逆行という時間の向きを変えるためには回転ドアと呼ばれる装置に入らないといけない
 
3.時間を逆行するにも順行と同じ時間が必要となる(一週間前に戻るには一週間ずっと逆行状態のまま過ごさないといけない、など)
 

つまり一週間前に戻るなら回転ドアに入り時間を逆行にし、そのまま一週間過ごし、その後に回転ドアで今度は時間を順行に戻すといった具合です

 
 最低この三つのルールだけ覚えれば、誰が何をやっているのかという基本的なストーリーの流れを見失うことはありません。
 

と言っても、どんなにルールを覚えたとしても一回目は絶対に大混乱しますけどね

 
 特に大事なのは回転ドアに入るタイミングです。回転ドアの数と場所が限られているため、そこさえ押さえてしまえば、誰がいつどこで時間の向きを変えたのか簡単に理解でき、全体のタイムラインが把握しやすくなります。
 
 この『テネット』という映画の最大の凄さは、見る者の理解力を信じて、ほぼ説明を加えずに独自の時間ルールを頑固がんこに映像で見せ切ったことに尽きると思います。
 

理解したら理解したでツッコミどころの嵐なのはご愛嬌

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 この映画の面白味の大半は時間に関するルールや、それをどう見せるのかという逆再生を多用する奇抜な映像に特化しているものの、それ以外にも優れたイメージが多々ありました。
 
 時間が前と後ろ二つの向きに進むという作品コンセプトを表現する冒頭の逆向きに進む二本の列車の構図や、この作品の円環構造をより強化する最初と最後に回転の向きが逆になって登場する洋上風力発電機の絵面など、ハッとする絵がいくつもあり、繰り返し見れば見るほど背景に隠された暗示的なメッセージに気付け、物語の深みが増します。
 
 ただ、それ以外の場面は映画的な快感の薄いいつものノーラン映画でした。毎度の事ながら、ノーラン作品は映画を頭で見たい人向けで、映画を見て、映像が持つ官能性を体で浴びることに快感を覚えるような人間にはあまり向かないなと思います。
 
 ストーリーも始まりと終わりが一巡する円環構造な部分はメチャクチャ面白いですが、やはりツッコミどころが多すぎて、考えれば考えるほど辻褄が合っていない箇所が引っかかります。この映画は見る者に頭を働かせることを常に要求してくるため、集中力を高めた状態で見続けなくてはならず、その結果変な箇所がやたら目に付きます。
 
 最終決戦は、主人公側の順行部隊と逆行部隊の動きを作るだけで精一杯だったのか、敵側の順行兵と逆行兵の細かい描写が一切存在せず、そもそも誰と戦って何をしているのかさっぱり分からないためイマイチ盛り上がりませんでした。
 
 後、気になったのが、映画評論家の町山智浩さんも指摘していた、主人公が初めて時間を逆行する際、車中にあるはずのアルゴリズムの回収シーンが描かれないこと。
 
 
 車に乗る際に後部座席を確認する描写があるので、そこにアルゴリズムが転がっていることに気付いているはずなのに、なぜこの主人公はわざわざアルゴリズムの位置を敵に教えるためにその後も道路を逆走し続けるのかなど、冷静に考えれば考えるほど登場人物たちの行動に頭が大混乱します
 

なぜセイターが空のケースをわざわざ投げ返すのかも逆行視点で見ると意味が分かりません

 
 それ以外も、ある人物と揉み合いになって発砲する展開がどう考えてもおかしいだろとか、至る所ツッコミどころだらけでした。全体的に、逆再生の奇妙な映像を作ることと、順行状態の場面の辻褄を合わせるためだけに、逆行状態になった途端に直前の行動を忘れてしまったような場面が目立ち、繰り返し見れば見るほど行動が矛盾だらけでもどかしく感じます。
 

このあえておかしい行動をニールがやるのであれば設定上理解できますが、無知な主人公がやるとさっぱりです

 
 この映画は、何回も繰り返し見ないと設定が理解できないのに、繰り返し見続けると今度は看過できないほど大量のあらが目立ち出すという困った作品で、この逆行時の違和感をもう少し抑えたら文句なしの脚本だったのに、そこは惜しいところでした。
 

最後に

 
 映像で時間を語る際の新しいルールを提示して見せた挑戦的な姿勢や、映画全体の悲壮感の出し方や、非現実的なムードを醸す作風など、今までのノーラン映画の中では最も自分好みでダントツに好きな作品になりました。
 
 とにかく一回見ただけでは絶対に理解できないので、頭の体操をする娯楽映画という気分で分かるまで何度も繰り返し視聴するのがオススメです。
 
 
 
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