評価:95/100
著者 | 小野不由美 |
発売日 | 1994年4月 |
短評
架空の明治時代に存在する帝都・東亰 を舞台に、鷹司 家という公爵家の家督争いを巡るお家騒動と、夜な夜な帝都を跋扈 する魑魅魍魎が絡み壮大な物語へと発展する伝奇ミステリー。
序盤は妖しい者たちが蠢く帝都・東亰 の説明が長く、鷹司 家のお家騒動と帝都の夜を徘徊する怪異たちが本格的に交わる中盤までは退屈に感じる場面もある。
しかし、鷹司 家のお家騒動が始まると途端に先が気になるミステリーとしての面白さが加速する。最後はそれすらも飛び越え伝奇としての本領を発揮し、序盤の長々とした帝都の描写が全て回収され、予想を上回る場所に誘い込まれる大傑作。
数ある小野不由美作品の中でも世界観の耽美さや妖しい文体、二重構造のミステリーというアイデア含め全てが最上級の完成度に達している力作中の力作。
小野不由美という作家の才能に戦慄する脅威の伝奇ミステリー
この小説は、架空の明治時代の帝都・東亰 を舞台にし、夜な夜な帝都を跋扈する火炎魔人や闇御前、人魂売りや首遣いといった魑魅魍魎と、開国派で海外との貿易によって莫大な富を築いた華族、鷹司 家の跡取りを巡るお家騒動とが絡んでいく伝奇ミステリーです。
相変わらず硬派な作風を貫く小野不由美作品らしく、序盤はとにかく帝都・東亰 についての説明、説明、説明で読み辛さが半端ではなく、面白くなるまで100~150ページほどは忍耐を要求されます。
その代わり、一度話に火が付き勢いが出ればそのまま最後まで読み進められるほどミステリーとしては中毒性があり、序盤さえ耐えてしまえば逆に小野不由美作品の中では読みやすい部類と言っても差し支えないほどです。
この小説を読んでいて心底驚かされるのは小野不由美さんの作家としてのポテンシャルの高さです。ファンタジーを書かせても超一級で、ホラーを書かせても日本トップクラス、伝奇を書かせても怪物級と、書くジャンル全て一流の完成度に仕上げてしまう様は並のプロ作家を軽々と凌駕するバランス感覚で、本作を読むと小野不由美さんの作家としての足腰の頑強さに圧倒されます。
視界に映るあらゆる物を描破し尽くすような緻密な風景描写に、主要登場人物に設定された過剰なまでの背景説明と、小野不由美作品特有の生真面目で硬質な作風が帝都・東亰 という架空の都市とそこに暮らす住人たちに現実味を持たせ、そこに伝奇という数滴の甘い嘘を垂らし染み渡らせることによって互いが良い塩梅に混じり合い、硬軟合わせ持つ官能的な伝奇空間を幻出させてしまう様は圧巻の一言です。
文明開花の光すら届かない深海の如き夜に喰われる帝都東亰
小野不由美さんの卓越したバランス感覚が成立させる本作最大の魅力は、怪異が生息できるほど伝奇濃度が濃い文体の冴えです。文体は小説の空気と同様で、人ならざる怪異を文章の中に住まわせるにはそれに見合った文体が必須となり、この小説はそれを易々と達成し魑魅魍魎が跋扈する帝都・東亰 の情景に妖美な雰囲気が漂っています。
これまで読んだ小野不由美作品の中でもここまで妖しい文体は初めてで、ずっとこの文章に酔っていたいと思うほど濃密です。
衝撃の二重構造ミステリー
本作は、公爵である鷹司 家の長男・次男・三男が家督を狙って、巷を騒がす人ならざる怪異や連続殺人鬼のフリをし他の親族の命を奪おうとしているのではないかという疑惑で進む、伝奇としてはありがちなストーリーです。
しかし、そこは小野不由美さんなので、実はこの鷹司 家の膨大な背景説明の中に真の伏線が潜んでいることが判明するラストは衝撃でした。
読んでいてどこか流れ的に不自然な情報がちょくちょく挿入され、伝奇として完成度を高めるために不必要な情報まで盛り込んでいるのかな?くらいの気持ちで読み進めると、まさにその違和感にこそ真の思惑が隠されているという構造は伝奇ミステリーとしては官能的ですらあります。
これは小野不由美さんの他作品を読んでいて、とにかく無駄とも思えるほどの膨大な設定をぎゅうぎゅうに詰め込む作家だと理解していればいるほど、山のような設定群の中に核心となる情報が埋もれていることの衝撃度が増し極上の余韻に浸れます。
最後に
触れることすら出来そうなほど濃密な気配を放つ怪異たちの存在感や、腹が読めない曲者揃いの鷹司 家の関係者、現実と虚構の歴史が入り交じる帝都・東亰 の妖しい佇まいに、膨大な情報の海に隠された僅かな真実が明らかとなる伝奇ミステリーとしての快感と、間違いなく小野不由美作品の中でも最上級の完成度で、読み終える頃にはこの作品の虜になっていました。
正直これを読んでしまうと『十二国記』シリーズよりも新作の伝奇小説が読みたくなるくらい、自分がこれまで読んだ小野不由美作品の中でも本作がぶっちぎりで一番好きです。
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