著者 | 小野不由美 |
出版日 | 1994年4月 |
評価 | 95/100 |
オススメ度 | ☆☆ |
ページ数 | 約435ページ |
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小説の概要
この小説は、架空の明治時代、帝都・東亰 を舞台に、夜な夜な帝都を跋扈 する火炎魔人や闇御前、人魂売りや首遣いといった魑魅魍魎と、開国派で海外との貿易によって莫大な富を築いた華族、鷹司 家の跡取りを巡るお家騒動とが絡む伝奇ミステリーです。
相変わらず硬派な作風を貫く小野不由美作品らしく、序盤はとにかく帝都・東亰 についての説明、説明、説明で読み辛さが半端ではなく100~150ページほどは忍耐を要求されます。
その代わり、鷹司 家のお家騒動と帝都の夜を徘徊する怪異たちが本格的に交わる中盤以降は中毒性が大幅に増し、序盤さえ耐えれば逆に小野不由美作品の中では読みやすい部類と言っても差し支えないほどです。
数ある小野不由美作品の中でも世界観の耽美さや妖しい文体、二重構造のミステリーというアイデア含め全てが最上級の完成度に達している力作中の力作です。
小野不由美という作家の才能に戦慄する脅威の伝奇ミステリー
この小説を読んでいて心底驚かされるのは小野不由美さんの作家としてのポテンシャルの高さです。
ファンタジーを書かせても超一級で、ホラーを書かせても日本トップクラス。伝奇を書かせても怪物級と、書くジャンル全て一流の完成度に仕上げてしまう様は並の作家を軽々と凌駕するバランス感覚で、本作を読むと小野不由美さんの作家としての足腰の頑強さに圧倒されます。
視界に映るあらゆる物を描破し尽くすような緻密な風景描写に、主要登場人物に設定された過剰なまでの背景説明。小野不由美作品特有の生真面目で硬質な作風が帝都・東亰 という架空の都市とそこに暮らす住人たちに現実味を持たせ、そこに伝奇という数滴の甘い嘘を垂らし染み渡らせることによって互いが良い塩梅に混じり合う様は圧巻の一言です。
文明開花の光すら届かない東亰
本作最大の魅力は、怪異が生息できるほど伝奇濃度が濃い文体の冴えです。
文体は小説の空気と同様で、人ならざる怪異を文章の中に住まわせるにはそれに見合った文体が必須となり、この小説はそれを易々と達成し魑魅魍魎が跋扈する帝都・東亰 の情景に妖美な雰囲気が漂っています。
これまで読んだ小野不由美作品の中でもここまで妖しい文体は初めてで、ずっとこの文章に酔っていたいと思うほど濃密でした。
伝奇を書くならこれくらい文体にこだわらなければ嘘を真実 として読者に信じさせることは不可能という作家としての気概が感じられます。
数少ない不満としては、鷹司 家のお家騒動と言っても数人くらいしか関係者がおらずこじんまりし過ぎなことや、相変わらず要所要所であまり盛り上げようとせず衝撃の真相もあっさり語られるのみという問題程度でした。
衝撃の二重構造ミステリー
本作は公爵である鷹司 家の長男・次男・三男が家督を狙い、巷を騒がす人ならざる怪異や連続殺人鬼のフリをし他の親族の命を奪おうとしているのではないかという疑惑で進む、伝奇としてはありがちなストーリーです。
しかし、そこは小野不由美さんなので、実はこの鷹司 家の膨大な背景説明の中に真の伏線が潜んでいることが判明するラストは衝撃でした。
読んでいてどこか流れ的に不自然な情報がちょくちょく挿入され、伝奇として完成度を高めるための細部への配慮なのかな?くらいの気持ちで読み進めると、まさにその違和感にこそ真の思惑が隠されているという構造は伝奇ミステリーとしては官能的です。
これは小野不由美さんの他作品を読んでいて、とにかく無駄とも思えるほどの膨大な設定をぎゅうぎゅうに詰め込む作家だと理解していればいるほど、山のような設定群の中に核心となる情報が埋もれていることの衝撃度が増します。
最後に
触れることすら出来そうなほど濃密な気配を放つ怪異たちの存在感や、腹が読めない曲者揃いの鷹司 家の関係者。現実と虚構の歴史が入り交じる帝都・東亰 の妖しい佇まいに、膨大な情報の海に隠された僅かな真実が明らかとなる伝奇ミステリーとしての快感と、間違いなく小野不由美作品の中でも上位の完成度で、読み終える頃にはこの作品の虜になっていました。
正直これを読んでしまうと『十二国記』シリーズよりも新作の伝奇小説が読みたくなるくらい、自分がこれまで読んだ小野不由美作品の中でも本作がダントツで一番好みです。
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