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笑いと感動の痛快バカ忍術アクションコメディ 「忍びの国」 著者:和田竜 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 和田竜
出版日 2008年5月

短評

 
 戦国時代、織田信長の次男織田信雄のぶかつが、忍びの国である伊賀いがに攻め込んだ“(第一次)天正伊賀てんしょういがの乱”を、史実に囚われない大胆な解釈で描いた歴史・時代小説。
 
 全編に渡りコメディ色が濃厚で、武士と忍びが殺し合う様がギャグめかして描かれるものの、登場人物達の信念や生き様、命のやり取りを通じお互いの境遇を理解し合う爽やかな心の交流も描かれ、最終的には笑いと感動がブレンドされた異様な境地に至る
 
 デビュー作である『のぼうの城』から作家としての腕前が格段に上がり、和田竜節としか言えない独自のスタイルを確立させてしまった怪作中の怪作。
 

作家和田竜の見出した新境地

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 この作品は、戦国時代の伊勢いせ伊賀いがを舞台に、織田信長の次男であり伊勢を支配する織田信雄のぶかつが、父信長に無断で隣国である伊賀に攻め入ったという歴史上の出来事“(第一次)天正伊賀てんしょういがの乱”を、攻める信雄のぶかつと守る伊賀の忍びたち双方の視点から描く歴史・時代小説です。
 
 なぜ、信雄のぶかつは父信長に許可を取らず勝手に伊賀に攻め入ったのかという動機部分や、そもそも信雄が伊賀に攻め入ったのは伊賀の忍びが仕組んだ策略だったという非常に大胆な解釈(と、言うかデタラメなウソ)がされる、かなりフィクショナルな内容となっています。
 
 織田軍を抱える伊勢が極めて小国である伊賀を攻め、数で劣る忍びたちが忍術を駆使して伊勢の大軍を迎え撃つという図式だけは前作『のぼうの城』と同様です。ただ、『のぼうの城』が武士の意地をけなされたために無謀な戦いに踏み切るという勇ましいものだったのに対し、こちらは本当にしょうもない下らなすぎる理由でのいくさのため、設定は似ていても受ける印象は天と地ほど異なります。
 
 まず、この小説を読み始めて最初に気付くのが、和田竜さんの作家としての力量の飛躍的な向上ぶりです。『のぼうの城』から比べものにならないほど小説の腕が上がり、読者の心情を引っ掻き回すテクニックが板に付いています。
 
 冒頭の主君を裏切る場面から、流れるように状況が推移しながら同時に各登場人物の紹介がされ、しかもチャンバラを見せながらその斬り合いの中で各々の出自や立ち位置、人間性が垣間見られるよう工夫が凝らされと、一切の無駄がありません。戦いの中で誰と誰が親しく、誰が誰を毛嫌いしているのか、誰がどれくらい剛の者なのかが自然と頭に入ってくるよう綿密に練られており、ここを読むだけで『のぼうの城』とはひと味違う作品だと分かります。
 

コンテがあってカメラワークと編集も加えられたような極めて映像的な場面設計ですね

 
 小説冒頭が、伊勢いせの旧支配者である北畠きたばたけ具教とものりの家臣たちが織田方に寝返り主君を暗殺する話から始まるため、てっきり前作の『のぼうの城』より重苦しい話になるのかと思いきや、あれよあれよという間に小説全体のバカのギアが上がり続け、気付いたら登場人物みんなバカだらけとなり唖然となります。
 
 この、作者の手の平の上で転がされ、してやられたという心地良い脱力感は『のぼうの城』より上でした。
 
 それと、この『忍びの国』を読むことで『のぼうの城』のやたら細かく歴史の文献・資料を引用する手法は完全に和田竜さんなりの戦略性があってのスタイルなのだということも理解できました。
 
 前作『のぼうの城』が元々映画の脚本コンクール用のシナリオを元にして書かれた小説という珍しい出自のため、どこまでが作者の意図した作風なのか判断し辛かったものの、今作を見ると違和感を覚えるような箇所すらほとんど狙って書かれていたのだと分かります。
 
 この小説で何よりも印象的なのが、歴史の資料や文献を細かく引用するにも関わらず、肝心の活劇部分に関するリアリティは完全に無視して超人的な強さの人間を戦わせるという『のぼうの城』でも採用していたスタイルがより極端に尖ったことです。
 
 司馬遼太郎作品のような、作品に歴史的な重み・厚み、風格、説得力を加えるために実在する文献や資料を引用するのではなく、現代人とはかけ離れた倫理観や死生観を持つ戦国の世の考え方を無理なく馴染ませ、超人同士の戦いに集中させるためにこそ利用するというスタンスに作者の痛快娯楽活劇に対する強いこだわりを感じ取れます。
 
 普通なら作品のリアリティを底上げするために行う文献・資料の引用を、逆にアクション場面のリアリティを下げ切っても荒唐無稽にならないよう命綱いのちづなのような使い方をするという突飛な発想に仰天させられました。
 

アニメの『ルパン三世 カリオストロの城』で言うと、カリオストロ公国の歴史設定・美術はしっかり作り込んで、アクション場面はアニメーションとしての快感を損ねないよう物理法則を無視してスラップスティックに振り切るようなイメージですね

 
 忍びたちのやっていることはほとんどマンガの『ドラゴンボール(悟空の子供時代)』の戦闘に近いほど無茶苦茶で、これだけ小説全体がバカ一色に染まっているのに作品が決して軽くなり過ぎないというバランス感覚が和田竜さんの持つ最大のセンスだなと思います。
 
 歴史小説を読んでいて重い装備を脱ぎ捨てると戦闘力が飛躍的に向上するという『ドラゴンボール』のパロディのような場面に出くわしたのは初めてです。
 

笑いに走りすぎてしまったがゆえにないがしろにされるもの

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 本作も『のぼうの城』と同じく、非常にキャラクターが立ちまくっており、登場人物は敵味方問わず読めば読むほど好感を持ってしまう愛すべき者だらけで『のぼうの城』の爽やかな余韻と比べてもなんら遜色はありません。
 
 ただ、『のぼうの城』では忍城おしじょうに籠城する絶体絶命ののぼう様サイドのドラマと攻める石田三成サイドが抱える葛藤が非常に拮抗しているため両者に思い入れてしまったのに対し、コチラはやや伊賀側(忍びたち側)の戦う理由が単純すぎて弱く、ストーリーの面白さで言うと『のぼうの城』のほうが好きでした。
 
 本当にただ金に目が眩んだバカが起こしたいくさというだけで、さすがに伊賀側がいくさに踏み切る理由にもう一ひねりは欲しかったです。
 
 伊賀側の話は映画の『ランボー』や、アニメの『装甲騎兵ボトムズ』のキリコのような、あまりに戦場で人を殺しすぎて人間性がり切れた忍びが再び真っ当な人間らしさを取り戻していく話なのに、いくら何でもずっと笑いに走りすぎたせいでやや唐突な印象を受け、そこまで乗れませんでした。
 

あまりにコメディに寄り過ぎたせいで終盤急に教訓っぽいことを言い出してもピンときません

最後に

 
 小説の完成度で言うとまだまだ粗削りだったデビュー作の『のぼうの城』よりコチラが勝るものの、どうしても歴史上本当に起こった出来事の魅力は忍城おしじょうの籠城戦や水攻めのほうが好みなので甲乙付けがたいものがあります。
 
 それでも『のぼうの城』から作家としての技量が飛躍的に向上し、和田竜節としか言い様のない我が道を行くスタイルを確立させた文句なしの傑作であることに変わりはありません。
 

和田竜作品