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答えのない人生に迷う者を時に厳しく時に優しく見守る作家、冲方丁の本領 「微睡みのセフィロト」 著者:冲方丁 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:80/100
作品情報
著者 冲方丁
出版日 2002年4月

短評

 
 従来の人類である感覚者サードと、超次元能力に目覚めた新たな人類、感応者フォースがいがみ合う世界で異なる人類同士が歩み寄り共存を目指すというテーマ性や、妻子を殺され生きる意味を失った主人公の苦悩に寄り添うハードボイルドな作風、特殊能力を用いた激しいバトルの連続と、冲方丁らしさが一望できる一作
 
 しかし、短編のアイデアをムリヤリ長編に引き延ばしたような歪なバランスなため、やや盛り上がりに欠け、読後感はあっさり気味。
 

冲方丁の特徴を並べて展示した見本市のようなハードボイルドSF

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 この小説は、従来の人類である感覚者サードと、超次元能力に目覚めた新たな人類、感応者フォースとの大規模な戦争が終結した戦後の世界で、妻子を感応者フォースに殺害された捜査官パットと、本来は憎むべき感応者フォースである少女ラファエルがパートナーを組み、過激派の感応者フォースの犯行である奇っ怪な誘拐事件を捜査していくというストーリーです。
 
 本作は、あとがきで作者本人がアイデアのスケッチと評しているように、後の冲方丁作品で何度も登場する特徴を数多く備えており、まだ暖めている途中のアイデアを小出しにして慣らし運転をしているような印象すら受けました。
 

宮崎駿アニメで言うと後の作品の元ネタが大量に登場する『パンダコパンダ』や『未来少年コナン』のような感じですね

 
 ただ、冲方丁らしさは十分感じられるものの、まだまだハードボイルドな作風は発展途上で、世界観設定もあまり効果的に機能しておらず、文体も平凡で、かつ得意のキャラクター描写もそれほど印象に残らず薄味と、どれもこれもテクニックが熟していないため、多分リアルタイムで読んでいたら『攻殻機動隊』と『新世紀エヴァンゲリオン』の影響を受けたフォロワー作品くらいの印象しか持たなかったと思います。
 

戦後という設定がどれも被っているし、天使や子宮、セフィロトの樹をモチーフにした設定(黒い月)が出てくるとやたらエヴァっぽく見えますね

 
 全体的に話はテキパキ語られるため展開がもたつくことは一切なく、読んでいて退屈な瞬間は皆無でした。
 
 しかし、これ見よがしに大仰な設定だけチラ見せして特に詳しく突き詰めないせいで、良くも悪くも読後感はあっさり気味です。
 

これって短編じゃん……

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 この小説は、まず読み始める前に激しい違和感を覚えます
 
 感覚者サードやら超次元能力に目覚めた感応者フォースやら、世界政府準備委員会リヴァイアサンやら世界連邦保安機構マークエルフやらと、大がかりな設定が出てくるわりに、本が200ページちょいという星新一のショートショートよりもペラペラの薄さなので、初っ端から話がまともに成立するのかという不安しかありません。
 
 そして、読み進めるとまさにその不安が的中。世界観のスケールに対してページ数がまったく足りておらず、ほとんどコレといって盛り上がりもしません。
 
 旧人類と新人類がいがみ合う世界に、超次元的に300億個に刻まれた目の前にあるのに触れることはできない人質という奇抜な設定と、終盤に待ち受ける意外なオチが核という、明らかに題材が短編向きなのにそれを長編として見せるため、足りない部分ばかりが気になり、イマイチ物語に入っていけませんでした。
 
 もし一本の長編としてきちんと成立させるならページ数が後2~3倍は絶対に必要だと思います。
 
 ページ数が足りないせいで、妻子を失い感応者フォースを憎悪するパットの感情は弱々しく、事件の捜査は万能なヒロインであるラファエルが全て現場や遺留物に残留する敵の情報を超次元能力で読み取ってほぼ自動的に進むのでまったくスリルもなく、敵もただの記号的な悪役というだけで深みもなく、登場する組織もそれっぽい名前だけで存在に厚みもなく、物足りなさだけが残ります。
 

最後に

 
 この作品が短編集の中の一作なら何の文句もありませんが、短編の設定で長編を書いてしまったような、設定とボリュームがまったく噛み合っていない歪さが終始気になります。
 
 この『微睡みのセフィロト』という作品がどうこうより、本作で登場した様々なアイデアを徹底的に煮詰めた結果『マルドゥック・スクランブル』や『マルドゥック・ヴェロシティ』、アニメの『蒼穹のファフナー』といった傑作が生まれたのだと思うと、冲方丁さんの作家としての通過点としては価値があると思います。
 

冲方丁作品