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【ホラー小説】『山の霊異記 幻惑の尾根』| 安曇潤平 | 書評 レビュー 感想 |

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評価:70/100
作品情報
著者 安曇潤平
出版日 2013年5月

小説の概要

 
この小説は、山にまつわる怪奇譚が語られる短篇集『山の霊異記りょういき』シリーズ三作目です。今回は全部で20篇の短篇が収録されています。
 
このシリーズは、一作目の『赤いヤッケの男』はストレートに山岳ホラーだったものの、二作目以降は徐々に怖い話が減り、ついに今巻に至ってはホラーと呼べるような話はほとんど無く、読んでいて恐怖に震える瞬間は皆無でした。
 
一つ一つのエピソードも、作者の得意とする登山描写以外は粗さばかり目立ち、純粋な短篇小説としての魅力もさほどありません。
 
ホラー要素が皆無なため緊張感が無い上に、ホラー抜きの山岳短篇小説としてもアイデアにもストーリーテリングにもなんらキレがなく、これまで読んだ『山の霊異記りょういき』シリーズの中では最も退屈な一冊でした。
 

アイデアを未加工で見せてしまう脇が甘い短篇

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今巻もこれまで通り、登山が趣味であり山を愛する作者が山にまつわる不思議な怪談を語る作風は共通です。特に二作目『黒い遭難碑』と同じく、作者自身が短篇の主人公として登場し不思議な怪現象と遭遇するという、創作半分エッセイ半分といった構造が特徴的でこの距離感はシリーズ最大の魅力でもあります。
 
相変わらず、長年様々な山へ登り続けてきた登山経験が豊富な作者だけに登山描写部分はリアリティがあり、山へのアクセスや山頂へ至る登山ルートの細かい説明、山歩きの際に感じ取れる春夏秋冬ごとに異なる山の表情。山中で出会う登山者との心温まる一期一会のコミュニケーション、そして霧に包まれた山の中で突如雷に襲われる山の天候の恐ろしさなど、実際に山で体験したであろう出来事の数々は自分が知らない世界を覗かせてくれ大いに楽しめました。
 
ただ、それ以外の部分は欠点が多く、トータルで見ると退屈な時間がやたら長かったという印象が残ります。
 
まず最も致命的な問題が、大胆なアイデア一点で押し通す豪快さや、文章の雰囲気だけで持って行く倒錯感、起承転結が決まりストンと落ちるキレのいいオチや、逆に薄気味悪くいつまでも尾を引くような余韻といった短篇小説に求められる魅力がことごとく欠けていることです。
 
特に、読んでいて一番不満だったのが短篇のアイデアがほとんど未加工な状態で披露される個々の話の安易さです。思い付いたアイデアのキレ味を鋭くするためひねりを加えるという工夫がされておらず、アイデアがほぼ未調整なまま提示され、どの話を読んでも展開が唐突かつ浅く感じられ、うまく物語に入っていけませんでした。
 
例えば、明らかに人ならざる怪異が人間のフリをしていると分かり切っているのに、その話のオチが「あの人物は人間ではなかったのか!?」で終わるなど、読者が最初から気付いていることにひねりも何も加えず、そのまま終わってしまいポカンとすることが多々あります。
 
この小説のアイデアがほぼ未加工という問題のせいで、どの話も下書き段階の構想を読まされているような気分で、最低でもあと一ひねりや二ひねりくらい加え、読者の予想を上回ってくれないと短篇としては物足りません。
 
それに、語り手が作者なため人物側の設定はどっしり地に足が着いているのに対して、怪異側はいくら何でも設定がふんわりし過ぎで、両者のリアリティがチグハグという点も気になりました。
 
例えば、作者の抱える持病の説明が数ページあるのに対し、怪異の詳しい説明は数行で終わるようなケースもあり、もう少しディテールへのこだわりが均衡していないと、両者が遭遇した場合に作者側の実在感に対し怪異側の存在感が負けてしまい、怪異側が単に嘘くさくしか見えないことも多々ありました。
 

明らかに山への愛情に対して、短篇小説や怪異に対する愛情が足りていません

最後に

 
短篇の中には『五号室』や『豹変の山』といったゾッとする話もいくつかあり、全部が全部ダメというワケではないですが、今巻はホラー要素が少ないという問題に加え、過去二作に比べ個々の短篇の出来が遙かに劣るという不満も生じ、満足度は過去最低でした。
 

山の霊異記シリーズ

安曇潤平作品

 
 

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