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【ホラー小説】山岳ホラー短篇集 |『山の霊異記 赤いヤッケの男』| 安曇潤平 | 書評 レビュー 感想

作品情報
著者 安曇潤平
出版日 2008年2月
評価 80/100
オススメ度
ページ数 約320ページ

小説の概要

 
この小説は、登山にまつわる怪談が28篇収録された山岳怪談の短篇集です。
 
基本は山で体験した薄気味悪い出来事が語られる山岳ホラーですが、不思議なだけでさほど怖くない話も多くあり、ホラー小説として読むと物足りません。
 
それに、一篇一篇腰を据えてじっくり読むというよりは、次から次にリズミカルに読み進めるような軽めの話が多く、読み応えはさほどありませんでした。
 
ただ、下界から隔絶された神聖な山と想像力を掻き立てる怪談の相性はすこぶる良く、山岳ホラーとしての魅力は十分に堪能できます。
 

山、それはあの世とこの世の狭間

 

この短篇集は一つ一つの話の出来・不出来のバラツキが非常に激しく、尾を引くような不気味な話もあれば、何が面白いのかさっぱり分からない出来損ないのような話も多く、正直あまり短篇集として完成度が高いとは思えません。
 

全体的に登山の教訓めいた話はイマイチで、脈絡がない本当にただ不気味なだけの話は尾を引きます

 
ただ、山という舞台設定と怪談(ホラー)の相性はこの上なく良好で、多少退屈な話があっても、次の山に関するエピソードは面白いのではないかと期待させる確かな力があります。
 
山は下界と隔絶された神の住まう聖域であり、遭難や滑落で命を失った者たちが眠る巨大な墓所であり、あの世に片足を突っ込むことで己の精神と向き合う霊場でもあると、非日常を体験するのにこれほど適切な舞台は他にないと思えるほど物語との親和性が高く、どんな類の話であろうと興味が尽きません。
 
特に読んでいて不思議だったのは、山というおおよそどんな人智を超えた現象が起こってもおかしくない場所は、ホラーというジャンルにありがちな設定の粗まで神秘性で吸収してしまうことです。
 
例えば、幽霊を出すにしても都会を舞台にするならなぜそこに幽霊が出るのかというロジックを丁寧に説明しないといけないのに、山で幽霊と遭遇しても「神聖な山なんだから死者の霊ぐらい彷徨っているだろ」としか思わないため、人ならざる者との遭遇に一切の説明が不要であり、脈絡の無さがなんらマイナスに感じません。
 
それに、単に山の神聖さに頼るだけでなく、作者が実際に登山を趣味とする人だけに、細かい登山用語や山登り描写にも確かなリアリティがあり、それが日本人が持つ山への畏敬の念を前提とする山岳ホラーというジャンルの無敵さをより強化していると思います。
 
物語の舞台が山というだけで毎度どんな異界に迷い込み、どんな怪異と遭遇するのか期待に胸が膨らむため、小説を読み終わる頃にはこのような山岳ホラー小説をもっともっと味わいたいという渇望感が生じました。
 

山を神聖視する日本と山岳ホラーは相性が最高なので、むしろ日本のホラー作品は山岳ホラー中心でもいいとすら思えます

最後に

 
ただのホラー短篇集として読む場合は、登山が題材というだけで一つ一つの話の構造がワンパターンなため深みが無くイマイチです。
 
ですが、山に対して神々しさと同時に畏敬の念を抱くような人であれば山岳ホラーというジャンルそのものに強く惹かれ、似たような小説をもっと読みたくなること請け合いです。
 

『遠野物語』の異界に迷い込むような倒錯感が好きな人は山岳ホラーにも魅了されると思います

山の霊異記シリーズ

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