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【歴史小説】戦国・オブ・デューティ 『雷神の筒』 著者:山本兼一 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 山本兼一
出版日 2006年11月24日

小説の概要

 
 この作品は、織田家の家臣であり、若き日の織田信長の鉄砲指南役を務めていた橋本一巴いっぱの半生を描く歴史・時代小説です。
 
 職人や芸術家を主役とすることが多い山本兼一作品の中では毛色が異なり、ただの鉄砲足軽に過ぎない橋本一巴いっぱの視点で地獄の戦場を巡っていく戦争映画のような陰鬱な作風が特徴です。
 
 鉄砲(火縄銃)に関する解説も豊富で、なぜ鉄砲は最初に種子島へと伝わったのかという歴史背景の説明や、鉄砲本体よりも火薬や弾丸を作るための原料のほうが貴重で、戦国時代のあらゆる勢力が貴重な原料を求め血眼になっていたという鉄砲を巡る経済の話も勉強になります。
 
 ただ、作者の悪い癖である展開がぶつ切りになりがちで後半盛り上がりに欠けるストーリーや、そもそも主人公がなぜ織田信長に忠を尽くし激戦地を渡り歩くのか動機付けが弱すぎるという問題が祟り、読後の余韻があっさりなのは相変わらずでした。
 

戦国の鉄砲ビジネスの裏側

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 本作で最も目を引くアプローチが、戦国の鉄砲を巡るビジネス的な駆け引きです。
 
 実は火縄銃というものは銃本体の量産はそれほど困難ではなく、問題は火薬の原料となる硝石や弾丸を作る際に必要な鉛のほうが貴重で、そのため、戦国の世では水面下で激しい原料の争奪戦が繰り広げられていたという話は興味深く読めました。
 

現代でいうと石油を確保しなければそもそも航空機も艦船も戦車も動かせないようなものですね

 
 戦における鉄砲の重要性が認知されればされるほど火薬や弾丸の原料の値が高騰し、各勢力ともに独自の仕入れルートを確保しようと水面下で激しい原料争奪戦が繰り広げられ、主人公もあちこち安い仕入れ先を探して回るという描写はほとんどビジネスマン的ですらあり、ここが本作で最も心惹かれた部分でした。
 
 しかも、戦国の商人達はたった一回しか売れない鉄砲本体より、何度も補充する必要がある火薬や弾丸で長期的に儲けるという、現代で言うとプリンター本体を安く売りその交換用インクで儲けるようなインクカートリッジ商法に近いビジネスをしている描写もありここも新鮮です。
 
 本作の主人公である橋本一巴いっぱは、実在の人物ながら文献に登場する回数が極端に少ないためフィクション要素をねじ込みやすく、火薬の原料を求めてあちこち旅をさせたり、ありとあらゆる戦場に放り込み鉄砲そのものや鉄砲を用いる戦術がどのように進化していったのかを目撃させたりと、鉄砲史を主軸に描く作風と相性が抜群でした。
 
 原料が貴重であるということと関連するのが、そもそも無駄弾を撃つ余裕など無く映像作品でよく見るような大量の鉄砲足軽が横一列に並び弾幕を張るような撃ち方は現実的ではないという指摘です。この小説を読むと、鉄砲をただ使用するだけでも莫大なランニングコストが必要なことが分かり戦国時代の合戦の見え方が一変します。
 
 ただ、文句があるとすれば、もう少し各大名の支配地域ごとの細かい資源分布状況など地政学的な要素を濃い目に入れるとか、拡大する一方の織田軍がどのように莫大な戦費を賄っていたのか、もっと細かい台所事情を盛り込んで欲しかったことです。この小説の面白さの大半は戦国時代における資源を巡る駆け引きなので、もう少し経済的な側面を描いてくれれば文句ありませんでした。
 

相変わらず記号的な登場人物たち

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 戦国時代の資源争奪戦や、鉄砲史を巡る話以外に、本作の売りが身分の低い鉄砲足軽という立場で信長の理不尽な命令でひたすら激戦地を渡り歩くというストーリーです。桶狭間の戦い以前の尾張内における織田家同士の内乱や、小谷城の戦い、長篠の戦い、石山本願寺攻め、第一次・第二次木津きづ川口がわぐちの戦いと、足軽という設定でないと参戦できないほど大量の戦場が舞台となります。
 
 ただ、相変わらず個々の戦場ごとに展開はぶつ切りで、登場人物もそこそこ多いわりに記号的な描かれ方の者が多く、正直戦国時代の鉄砲ビジネスを描く経済事情に比べ、戦の場面は面白味に欠け、不満が多く残ります。
 
 この作者は、主人公をりっぱな人物に見せるため、やたら脇役を愚かで無能な連中に設定することが多く、そのせいで今作のような戦場でほとんど無名に近い戦友や家族を失っていく展開とは相性が最悪です。前から織田信長のような元から有名な武将の存在感に頼りすぎという印象が強くありましたが、今作は人物の描き込みがまるで足りないという弱点が露骨に出ています。
 
 特に目立って酷いのは主人公一巴いっぱの妻の描かれ方です。ただ美人で夫を慰める自慢の妻というだけで最初から最後までこの人自身の人間性は一切描写されず、ただ傷心の男を慰めるだけの役割のみと、さすがに作者の人間性を疑うほど薄っぺらく最悪でした。
 
 主人公が瀕死の重傷を負い生死の境を彷徨さまよう凄惨な場面や、致命傷を受け激痛にのたうつ味方にトドメを刺すという悲痛な瞬間など、戦の度に使い捨てにされる足軽の苦労が伝わる悲壮さは十分出せていると思います。
 
 しかし、肝心の人物の描写が浅いことや、そもそもなぜ主人公がそこまで信長に忠を尽くすのかという根本の動機が弱すぎること、最初は自分の土地や家族を守るための防衛策だった鉄砲がいつしか他国を侵略するための殺戮兵器と化していく恐ろしさなど、諸要素がうまく噛み合わずバラバラなため、あまり話に深みがありません。
 
 中でも気になるのは、全体的に主人公への精神的な追い込みが足りず、主人公が勝手に悩んでいるようにしか見えないことです。相手が極楽に行けると願って弾を撃っているから、相手をけなして笑いながら殺す他の人間とは違うという主人公にとって都合の良い偽善でしかない態度が最後まで他者の口から責められることもなく、反戦的なメッセージの浅さに最後まで乗れませんでした。
 

最後に

 
 戦国時代に鉄砲を巡り各勢力が資源争奪戦を繰り広げていたというアイデアは魅力的で、全体的には非常に面白い小説です。
 
 ただ、相変わらず登場人物の描き方が浅いのと、鉄砲足軽が様々な戦場で地獄を経験していく部分は、どこかで見たことがあるような展開の寄せ集めでしかなくあまり新鮮味がないという不満もあり、終わって見ると余韻はあっさり気味なのは毎度のことでした。
 

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