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【歴史・アート】ホーエンツォレルン家、217年の光芒 『名画で読み解く プロイセン王家 12の物語』 著者:中野京子 〈書評・レビュー・感想〉

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本の情報
著者 中野京子
出版日 2021年5月18日

本の概要

 
 この本は、名画を糸口としてヨーロッパ各国の王朝(王家)歴史を解説する『名画で読み解く』シリーズの5作目です。
 
 オーストリア・スペインのハプスブルク家、フランスのブルボン朝、ロシアのロマノフ家イギリス王家ときて、5冊目はプロイセン(ドイツ)のホーエンツォレルン家の217年に渡る光芒が解説されます。
 
 他の王朝と比べ、プロテスタントの国なため勤勉で質素、浮いた話が乏しくドイツという国柄を象徴するようにかなり地味な内容です。
 
 しかし、中野京子さんの一枚の絵画から画家の人生観や絵が描かれた時代背景を読み解く手腕でもって、ドイツの英雄フリードリヒ大王やビスマルクはじめ、ホーエンツォレルン家の面々をただの歴史上の人物から激動の時代に翻弄される悩みを抱えた一人の人間として描き出しており、この本を読むとドイツという国の見え方が確実に変わります
 

努力大好き勤勉の国ドイツ

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 プロイセン(ドイツ)王朝の印象は、フリードリヒ大王や宰相ビスマルクのような傑物はいるものの、他の王朝と比べると良くも悪くも誰が王になってもそれほど当たり外れがない堅実で安定した王朝といったものでした。
 

近親婚を繰り返し晩年は生まれてくる子供が障害者だらけになるハプスブルク家や、豪華絢爛、浪費三昧で民衆を激怒させ革命に走らせたブルボン朝、暗殺が蔓延りひたすら残虐で血生臭いロマノフ家とは対照的です

 
 読んでいて感じたのは、国民気質がどこか日本っぽいということ。勤勉が美徳とされ、質素倹約がたっとばれ、女性関係がだらしないと国民に非難されと、マジメでひたむきに努力する人間こそ正しいという感覚が他のヨーロッパの王朝と比べると最も日本人に近いなと思います。
 
 他の王朝だと民衆を弾圧する暴君が一人か二人いるのに、プロイセンにはそのような目立った愚王は存在せず、歴代の王の中で多少能力が劣る程度の者がせいぜいで、そのため歴史のドラマチックさで言うと他の王朝よりは単調でした。
 
 この勤勉で安定を良しとする官僚的なお国柄は永遠の二番手といった感じで、どこか日本を連想します。自分たちの先を行く国があればそれをお手本にし必死で追いつこうと努力するのに、いざ自分が先頭になると何をすればいいか途方に暮れるなど、常に他の誰かを意識しキョロキョロと辺りを窺う感覚が、イノベーションを起こせない日本に近いなと思います。
 
 ナチスドイツでホロコーストに関係していた者たちの言い分が非常に日本の官僚っぽく、ひたすら組織の中で出世するためだけにユダヤ人を虐殺し、それが露呈すると責任逃れに終始すると、あの感覚がホーエンツォレルン家の在り方や評価のされ方からもそこはかとなく感じ取れ、そこに日本ぽさを見出してしまうことにゾッとします
 

ナチスドイツで障害者を役に立たないとして虐殺していたのも勤勉さの裏返しのようにも見えてきます

 
 実はナチスを生んでしまうような土壌がすでにホーエンツォレルン王朝だったプロイセンやドイツ帝国時代にあるという点は、ドイツと同じくファシズムに突っ走り暴走した日本にとっても他人事ではなく、ドイツ史から学ぶことはまだまだ多いなと痛感しました。
 

最後に

 
 他の王朝は日本とは関係ない遠いどこかの国の話として気軽に読めたのに対し、ドイツの場合は常に他人の顔を窺い、協調を良しとし、愛国心や民族意識が強く、何よりも安定を良しとする日本と似た国柄が強く感じられ、読んでいて恐ろしくなる瞬間が多々ありました。
 
 なぜそう感じるのかというと、やはり中野京子さんがホーエンツォレルン家の面々を人間臭く語るため、歴史をぐっと自分に引き寄せて考えられるからだと思います。
 
 そのため、王家の人間でも自分と同じ人として読み解け、それゆえにこの勤勉でマジメな国の未来がナチスドイツであるという事実が重くのしかかり、否応にも同じような道を歩んだ日本を意識してしまいました。
 

勤勉を美徳とする国が孕む、勤勉でない者に対する残虐さを見せつけられる気分です

 

 

 

 

 

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