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ニコニコ動画の精神を完璧に小説化して見せた小粋な短編集 「南極点のピアピア動画」 著者:野尻抱介 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 野尻抱介
発売日 2012年2月23日

短評

 
 大きな目標に向かって挑戦する人を、ピアピア動画という動画配信サービスを愛するユーザーと、小隅こずみレイというボーカロイドのファンが皆で協力し応援するという内容の短編集。
 
 非常に硬派なSF設定で細部を固めながら、基本はどこまでも明るく爽やかな青春ドラマ的な作風で読んでいて清々しい。
 
 SFとしての土台の安定性とスケール観を確保しながら、ピアピア動画というサービスで人々が繋がる温かみと、どんな困難も全てボーカロイドの人気で解決してしまうというけれん味が堪能できる傑作。
 

夢追い人を全力で応援する超ポジティブSF短編集

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 この作品は、ニコニコ動画をモデルとする作中オリジナルの動画配信サービスであるピアピア動画(通信方式がピア・ツー・ピアだからピアピア)と、こちらも初音ミクをモデルとするボーカロイド小隅こずみレイと、現実に存在するサービスやソフトウェアをモチーフとするSF短編小説です。
 
 どのエピソードも基本は何か叶えたい夢がある登場人物がピアピア動画に有志を募る動画をアップし、そこに大人気ボーカロイドである小隅こずみレイをイメージキャラクターとして強引に絡ませ予算を獲得し夢に挑戦するという内容になっています。
 
 この短編小説の最大の魅力はなんといってもその突き抜けた爽やかさです。悪人なんて一人も登場せず、ひたすら夢を追う人とそれを全力でサポートする心優しい善人しか登場しないため、読んでいて自然と晴れやかな気分になり癒されました。
 
 全編に渡ってネットが人と人とを繋ぎ、テクノロジーの進歩が人の夢を叶え、科学と想像力が人々を幸せに導くというポジティブな態度が一貫しており、SFというジャンルがかつて持っていた科学が発達した未来はきっと今より希望が満ちているさ、という楽天性がこれでもかと堪能できます。
 
 それはそのままSFという未来への想像力の塊であるジャンルを全肯定しているように見え好ましく思えました。
 
 ネットの頑張っている見知らぬ誰かを応援できる機能や、ボーカロイドという自分の気持ちを代わりに歌って誰かに届けてくれるコミュニケーションを加速させるソフトを全肯定し、ネットとはこれほど可能性に満ち、他者の夢を支えてあげることはこれほど素晴らしく、未来とはなんと輝かしいのだと高らかに宣言する人間&テクノロジー賛歌は胸に刺さります。
 

まぁ、やっていることは一言でいうと『電車男』のニコニコ動画版なんですけどね

 

硬派なSF設定と軽快な物語のコントラスト

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 読んでいると自然と励まされ元気が出てくる物語と同じくらい魅力なのが、本筋とあまり関係がない部分の設定はガチガチに凝るのに、話は決して深刻にならずどこかフニャっと柔らかいという落差から生じる粋な作風です。
 
 SFを熟知し、やろうと思えばハードSFも書けるような作者があえてSF設定は物語の推進力ではなく姿勢を制御するスラスターのような補助的な役割に留めるため、全体的に抑制が効いた品の良い作風に仕上がっており読み心地が爽やかです。
 
 硬派なSFと決して深刻ぶらない軽快なストーリーが互いを絶妙な角度で支え合い、ともすれば難解に走ってしまうとか、細部がスカスカで説得力が皆無な話になってしまう危険を避け、キレイに纏めてしまう手腕に心底魅了されました。
 

最後に

 
 正直、ニコニコ動画とボーカロイドがモチーフなので、やや旬が過ぎ去った感は否めません。ニコニコ動画とボーカロイドの全盛期に読んだら、現実と小説がリンクして感動が劇的に増したと思います。
 
 それでも、ごくごく身近な話から始まり最後はピアピア動画ユーザーの応援で地球を飛び出し宇宙に及ぶスケールの話に発展するという、ひたすらSFが持つ想像力と可能性だけ強調しそれを全編貫き通す爽やかな作風は決して古さを感じさせない普遍性があります。