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あったかくてほろりとさせられるハリウッドおとぎ話 「Once Upon a Time in Hollywood(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド)」 〈レビュー・感想〉

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トレーラー

評価:85/100
作品情報
公開日(日本) 2019年8月30日
上映時間 161分

短評

 
 いつもは露悪を好むタランティーノとは別人なのではないかと思うほど、温かくもそれゆえ切ない余韻を残すエンディングが秀逸。
 
 映画好きにとってはニューシネマ前夜である60年代の終わりという、ハリウッド映画が黄昏れていく時代の雰囲気を体感できるのと同時に、新しい時代に取り残されようとする人間にハリウッドからささやかな祝福が与えられる愛に溢れたストーリーが胸に沁みる。
 
 ハリウッド映画好きによるハリウッド映画好きのための映画なため、タランティーノ作品の中では一番好き。
 

古き時代の終わりと迫るニューシネマの足音

 
 本作は、1969年に起きたカルト集団による女優のシャロン・テート殺害事件をモチーフにした映画です。そこに実在の役者であるバート・レイノルズをモデルとした架空の役者リック・ダルトンの物語を重ね、輝かしかったハリウッド映画がテレビ人気やカウンターカルチャーに押され下火になっていく時代を追体験する内容になっています。
 
 まず、この作品はハリウッド映画史をある程度理解していることを大前提として作られているため、シャロン・テートやブルース・リーが誰なのか分からないとか、マカロニ・ウェスタン、ニューシネマがどういう映画なのかピンとこないという状態だと高確率でコンセプトが理解できず、置いてきぼりを喰らいます。
 
 最低でも70年代以降にアメリカ映画を席巻するニューシネマは理解していないと、主人公のリックの悩みが歳を取った落ち目の俳優の苦悩だけでなく、背景にアメリカ映画が大きな変革を迎えようとしている時期であるという歴史のうねりが読み取れないので、この映画を真に楽しむことができません。
 
 さらに、本作の監督であるクエンティン・タランティーノ映画の中でも最低でも『イングロリアス・バスターズ』や『ジャンゴ』程度は見ていないとオチが飲み込み辛いので、映画を見るまでのハードルがかなり高めな作品です。
 
 最初から映画好き用の映画として作られているため、ストーリーと呼べるものも存在しないのに2時間40分という長尺で、ある程度見る人は選びます。ただ、映画史が分かるのであれば、ラストに起こるであろう展開は誰でも予想ができ、話に筋がなくても最低限は退屈しない作りです。
 

リアルであることが絶対視される時代が迫る中、ハリウッドが見せる最後の夢

 
 本作は非常に多層的な楽しみ方が出来、単純に落ち目の俳優であるリック・ダルトンが自暴自棄になりそれを彼の良きパートナーである専属スタントマンのクリフが支える友情ものとしても楽しめ、ハリウッドが新しい時代の波に飲まれるさなかの空気を体感できる歴史体験映画としても面白く、シャロン・テートにカルト集団の魔の手が迫るサスペンスでもありと見所満載です。
 
 本作で一番度肝を抜かれたのがやはりタランティーノ映画らしからぬ、ハリウッド黄金時代を彷彿とさせる上品なエンディングでした。
 
 シャロン・テートの悲惨な事件と、新しい時代に適応できず取り残される落ち目の俳優の哀愁が奇妙に混ざり合う、ほんのり温かいのが逆に胸を締め付けるラストは「これタランティーノ映画だよね?」と疑問に思うほど良い意味で違和感があります。
 
 映画内の登場人物たちは誰もが今現在起こっていることの異常さに気付かず、映画を見ているコチラ側だけが夢・幻に包まれるような心地に浸るという体験は、これまで見たどの映画のラストとも異なるものでした。
 
 映画という夢をすでに見ている状態で、さらにもう一階層深い世界へいざなう門が開かれ、リック・ダルトンがまさに一時の夢の世界へ迷い込むその瞬間にタイトルの意味が分かるという粋なアイデアには痺れました。
 
 まるで観客に夢を見せ続けてきたハリウッドが、自身もまた新しい時代の到来に不安がり夢を見るかのような、もはやこれがシャロン・テートの夢なのか、リック・ダルトンの夢なのか、タランティーノの夢なのか、ハリウッドの夢なのか、はたまた映画好きの夢なのか、確実に夢なのにそれが誰の夢の中なのか分からないという感覚に惚けてしまいます。
 
 この映画を見て、映画が見せる夢と観客が見る夢が重なる瞬間がハリウッド映画の醍醐味であり、それを体験すると映画が自分の特別な一本になるんだなと気付かされました。
 

最後に

 
 まさかタランティーノ映画で、自分が世界で一番好きなハリウッド黄金時代の感動と物悲しさが一挙に押し寄せるようなエンディングの余韻に近いものを味わえるなんて夢のようでした。
 
 1969年のハリウッドの雰囲気に浸るだけでそこそこ楽しめていたのに、このエンディングを見た瞬間に作品に対する評価が100倍以上跳ね上がり大好きな映画になりました。
 
 タランティーノは映画監督としてはセンスも演出力も突出しているのに、会話がダラダラ長すぎたり、小手先の編集で遊びすぎたりといったイメージが強くどちらかと言うと苦手な監督でしたが、この映画だけは別格に愛おしく、タランティーノ作品の中では一番好きです。