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小説2、3冊分に及ぶ大ボリュームの序章 「塗仏の宴 宴の支度 百鬼夜行シリーズ #6(前編)」 著者:京極夏彦 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:90/100
作品情報
著者 京極夏彦
出版日 1998年3月30日

短評

 
 後編にあたる『塗仏ぬりぼとけの宴 宴の始末』へ繋げるため、主要登場人物の紹介とひたすらに膨大な伏線を敷く作業に費やされる前編といった内容。
 
 それでも一回読んだだけでは到底理解不能な難解かつ大ボリュームの妖怪にまつわる歴史の講釈が続き、通常の小説数冊分に相当するアイデアが詰め込まれている常軌を逸した序章。
 

京極夏彦作品らしいどうかしている序章

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 この小説は、古本屋の店主であり陰陽師でもある京極堂こと中禅寺 秋彦ちゅうぜんじ あきひこが、難事件を解決する百鬼夜行シリーズの6作目『塗仏の宴』の前編にあたる巻です。この『宴の支度』では事件は解決せず、全ての謎は後編である『宴の始末』に持ち越されます。
 
 ストーリーは、伊豆の山中にある、かつて日本の歴史上でも類を見ないほどの大量殺人事件が起こったと噂される、現在では地図から抹消された謎の村“へびと村”を中心とし、そこに旧日本軍、催眠術で信者を操る妖しげな宗教組織、食べると不老不死になるとされる謎の生物が絡んでいく壮大なもの。
 
 今作は、主人公が固定ではなく各エピソードごとに交代していくオムニバスに近い形式なこと始めシリーズの中では異例尽くしで、特に驚かされたのは過去のある事件で大量の人間を死に至らしめた犯人が登場し、あまつさえその犯人視点で物語が進むパートが存在すること。かつて京極堂と対峙した犯人の心情を直接うかがうのは初めての体験で、このパートだけ異質な緊張が漂い、読んでいて冷や冷やします。
 
 それと、今作もまた過去シリーズのキャラクターが再登場し、しかも過去作のコンセプトが反復される『鉄鼠てっその檻』に近い内容となっており、最低でも『狂骨の夢』と『絡新婦じょろうぐもの理』を読んでいないとうまく話の意図を読み取ることができません。
 
 正直、百鬼夜行シリーズはどれも伝奇部分の説明が難解な上にボリュームが異常すぎて気軽に読み返せるような代物ではないため、あまり過去作と密接な絡ませ方をするのはどうかなと思います。
 

1000ページの小説を前・後編に分けるならまだしも、前編だけで1000ページに近い文章量の時点で頭がおかしいですね

 

シリーズでも最大級の知的興奮が味わえる妖怪の歴史講釈

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 今作で最も心躍る箇所は凄まじいボリュームで語られる各エピソードのモチーフとなる妖怪たちの来歴です。
 
 人間の想像力の産物である妖怪をモチーフに据え、そこから抽出したエッセンスで様々な物語を語ってきた百鬼夜行シリーズの中でも、今回はストレートに妖怪の歴史を前面に押し出す内容です。そのため、シリーズの中でも妖怪濃度が最も濃く、これぞ京極夏彦作品という微に入り細を穿うがつディテールにこだわり抜いた妖怪講釈が存分に堪能できます。
 
 毎度毎度、小説からあふれ出てきそうなほどの情報が詰めこまれているものの、今作は得意の妖怪とあってか気合いの入り方がさらに一段増しており、メモを取りながらでないと1、2ページ前の記述すら忘れてしまうほどの密度で、じっくり読まないと理解がまるで追いつきません。
 
 そんな情報の海の中で特に知的興奮を覚えたのは刑事の木場視点の話に出てくる中国由来の妖怪“しょうけら”です。
 
 妖怪が日本に広く膾炙かいしゃするにつれ、妖怪本来の意味が喪失していき、本来は悪さをしないように人間が妖怪を監視する側だったのにいつの間にか意味が引っくり返って人間が妖怪に監視される側になってしまうという落語のオチのようなマヌケな顛末や、妖怪を退治する側と退治される側の妖怪が元を辿れば同じ起源を持つ妖怪というもはや古典落語の演目である『あたま山』のようなすじがてんで通らない極上の倒錯感も味わえと、博覧強記の知識と無限の想像力に支えられる伝奇小説の奥深さに改めて感動を覚えます。
 
 今作は“しょうけら”以外の妖怪語りも並のミステリーの謎解きを凌駕する興奮を味わえ、しかもそれぞれのエピソードがモチーフとなる妖怪の特徴を反映させた構造となっており、前作の『絡新婦じょろうぐもの理』がやや伝奇小説としての面白味に欠けていた不満をうまい具合に払拭してくれました。
 
 京極夏彦さんの妖怪語りは専門家も舌を巻くほどの膨大な知識と、作家としての想像力と表現力に支えられ、これぞ伝奇小説を読む醍醐味という官能を教えてくれます。
 
 これはどうやっても外国語に翻訳できず、したとしてもニュアンスの大部分が失われてしまうので、日本語で京極夏彦小説を読めるというのは最大級の贅沢だと思います。
 

……とは言っても、やはり室内での会話が長すぎるという問題も

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 今作は、過去作で言うとほぼ室内の会話だけで進む『狂骨の夢』に近く、そのせいで小説全体が運動不足に陥っており窮屈さを感じます。
 
 映画で言ったら、ずっと室内で事が進み続ける低予算映画のような退屈な画面だったり、アニメで言ったら最初から最後まで口パクするキャラの表情のアップの切り返しだけで出来ているような工夫の無さで、『魍魎の匣』に登場する匣のような建物のイメージの鮮烈さや、『鉄鼠の檻』の謎のヴェールに包まれた禅寺といった好奇心を刺激される風景が頭に浮かばず、この点は退屈でした。
 
 オムニバス形式に近くコロコロ視点が変わるためか、いつも印象に残る舞台の設定や外見のイメージにこだわる京極作品とは思えないほど想像力を掻き立てる光景が少なく、室内で会話を延々読まされるだけで味気なく感じます。
 

最後に


 ただの前振りなのに1000ページ近いボリュームで、しかもとてつもない量のアイデアが詰め込まれた結果、前編どころか普通の小説数冊分のカロリーがあり、読み終える頃には疲れ切ってとてもスムーズに後編に入れない難物。
 
 とにもかくにも妖怪に関する講釈が面白すぎて、伝奇小説を読む醍醐味が味わえる格別の一冊でした。

百鬼夜行シリーズ

 

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