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宴の仕上げは伊豆の百鬼夜行(妖怪行列) 「塗仏の宴 宴の始末 百鬼夜行シリーズ #6(後編)」 著者:京極夏彦 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:90/100
作品情報
著者 京極夏彦
発売日 1998年9月20日

短評

 
 前編にあたる『宴の支度したく』で登場した謎の宗教組織や怪しい人物の数々、伊豆のとある土地の権利を奪い合う奇怪な事件を今作のモチーフとなる百鬼夜行になぞらえ、生ける屍たちの大行列に収束させる終盤は圧巻。
 
 ただ、妖怪の奇天烈な歴史講釈が楽しかった前編に比べ、ひたすら事件の真相解明に終始するため、伝奇としての刺激は数段見劣りする。
 
 謎自体もなんでもかんでも催眠術で片付けてしまう強引なものが多く、前後編に分けて長々と引っ張った割にはスッキリとしない読後感。
 

騙す側と騙される側、本末が転倒し続ける奇っ怪な宴の終焉

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 この小説は、前編にあたる『塗仏ぬりぼとけの宴 宴の支度』の後編にあたり、静岡県の伊豆にあったとされる地図から消えた謎の村“へびと村”に関する真相、中国のしん時代に始皇帝の命を受け不老不死の仙薬を探しに旅立ち日本にも訪れたという伝説が残る徐福じょふく、太平洋戦争中に旧日本陸軍が極秘に行っていたとある実験が絡み合う壮大な物語の完結編です。
 
 地図から消えた村、徐福じょふく伝説と合致する不老不死の生物の謎、中国由来の謎の妖怪塗仏ぬりぼとけ、催眠術を使い人々の過去を消し去る危険な宗教組織、京極堂も関わる旧日本軍の怪しい実験と、これらの話が一気に合流し、全ての始まりの地である“へびと村”へと向かう異形の百鬼夜行(妖怪の大行進)へと収束していくカタルシスは鳥肌ものでした。
 
 この百鬼夜行という妖怪行列に自身が加わるような感覚は、過去作で言うと『鉄鼠てっその檻』のぜんの悟りを疑似体験させるような試みに近く、モチーフをモチーフのまま終わらせず、疑似体験として小説内に組み込んでしまうこだわりはさすがに気が効く京極夏彦作品だなという興奮を覚えます。
 
 さらに今回の『塗仏の宴』は、なぜ百鬼夜行シリーズを読むと憑き物が落ち思考が晴れるような快感を覚えるのかという自作の解説を作者自身が行い手の内を全て晒すというシリーズ集大成的な側面もあり、他のシリーズとは異なる感触を受けます。
 
 最初は、不老不死の仙薬とか旧日本陸軍の地下施設といった設定がわんさか出てくるためスケールの大きい話に発展するかと思いきや、実は家族の在り方を問う小さな話に着地するという点も意外でした。
 
 親が愛さなければならないはずの子を嫌い、子が親をうやまわず疎ましく思う。そのように全ての家族は矛盾しており全ての家族は異常でありそれでいいのだと不完全さを肯定することで、戦時中に間違った正義を盲信させ国を誤った方向へ導いた国家への批判とし、さらにそれを客観視させることで家族や国家はこうあるべきだという思い込みという名の憑き物を落とすところまで持って行く手腕はさすが毎回読者の予想を上回る高みへ着地させる百鬼夜行シリーズだなと感動します。
 
 読んでいると本来の意味を失って本末が転倒してもなおしぶとく生き残る妖怪たちと同様、家族や国家という共同体の概念も人間の妄想が産み出す一種の妖怪に見えてくる倒錯感は、妖怪小説の名手である京極夏彦さんでないと味わえない興奮があります。
 

いくらなんでもトリックが雑すぎるという不満

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 本作で最も不満なのは、やはり前後編の後編ということもあり、前編の布石をどう生かすのか期待していたのに、そこが割とあっさり気味という点です。
 
 色々な謎を百鬼夜行の行列に収束させるというアイデアは見事としか言いようがないのに、そこから外れる細かい設定は雑なためイマイチ盛り上がり切れません。
 
 特に、読んでいて不自然なほど催眠術に操られる人々が登場し、いくら何でもなにかしら裏があるのだろうと思っていたら、本当に催眠術にかかっていただけという決着のされ方で、そこはさすがに納得がいきませんでした。
 
 この催眠術で操られるというのは、太平洋戦争で日本国民が間違った正義を盲信していたこととも関連し、催眠術をかけられても結局何かしらの行動を選ぶのはその人自身の意志であり全て催眠術のせいには出来ないという重いメッセージにも繋がるため、催眠術で人が操られてしまうという設定自体は納得できます。
 
 しかし、いくらなんでも何百人もの人間の過去を改竄し、自分たちに都合のいい行動をさせ、それが全部催眠術のせいでしたというのは強引すぎるため違和感しかありません。
 
 それに「騙されているのは騙している方だ」という、前編にあたる『宴の支度』のラストで語られる意味深なセリフも、意味が分かればそんな程度のものかという内容。結局謎の組織の規模がどれくらいなのか明瞭に描かないため、組織が騙している側という認識も大して持てないままで何もかもしっくりきませんでした。
 
 さらに、途中で刑事の木場がまるでこの後に死んでしまうような不吉な書き方をするなど、大して意味もなく不安を煽るような箇所も多く、宴の準備となる前編にあれほど膨大なページ数を使った割に余韻はあっさり気味で、もやもやが残ります。
 
 膨大なボリュームそれ自体は、終盤の百鬼夜行の行列にこれまで敵味方だった者たちが否応なく混ざり合うというカタルシスに貢献しているのでマイナスだとは思いません。
 
 しかし、読んでいる最中は「この不明瞭な部分の種明かしは後々にされるんだろう」と、違和感を先送りしていた箇所がことごとく説明がないまま終わるので、読み終えた途端に「あれ? あそこの説明放り投げたままだけど……」という不満が噴出します。
 
 今作よりも合計のページ数としては少ない『姑獲鳥の夏』や『魍魎の匣』だってもっとビシッと話がまとまっていたのに、さすがに百鬼夜行シリーズの中でも最長のボリュームがある割にこのスッキリしない読後感はマイナスでした。
 

最後に

 
 ここまでボリュームを大盛りにするならもう少し丁寧に物語を畳み、晴れやかな余韻を堪能させて欲しかったという不満はどうしても残ります。
 
 それでも、複数の事件を百鬼夜行の行列としてダイナミックに合流させるというアイデアはシリーズの中でも突出して素晴らしく、この幻夢の如き夢とうつつが混じり合うような感覚を味わえただけでも大満足でした。
 

百鬼夜行シリーズ

 

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