著者 | 三津田信三 |
出版日 | 2012年11月30日 |
評価 | 85/100 |
オススメ度 | ☆☆ |
ページ数 | 約412ページ |
リンク
小説の概要
この作品は、“弔 い村”の異名を持つ僻村“侶磊 村”に伝わる“のぞきめ”という怪異を巡るホラーミステリー小説です。
前半はとある大学生が訪れた山奥のリゾート地でのぞきめに遭遇した恐怖体験が語られ、後半はまったく同じ場所の過去の出来事を語ることで、なぜその場所が呪われた土地になったのか真相が語られるという前後編のような構成が特徴です。
作者自身が冒頭でこの小説が書かれた奇妙な経緯を虚実を混ぜて語ることで物語をメタ構造にしたり、ホラーとミステリー要素を両方織り込んだりと、刀城言耶シリーズと似た作風となっており同シリーズが好みならこの作品も高確率で楽しめます。
刀城言耶シリーズの地名がそのまま登場するなど、世界観が共通したスピンオフ的な側面もあります
ただ、のぞきめという怪異に覗かれる恐怖を核とするホラー小説としては、この世ならざる者の視線の恐ろしさを文章で表現できておらず、あまり怖くはありません。
ミステリー部分も謎解きの快感は薄く非常にあっさりしており、全体的に刀城言耶シリーズをややこぢんまりとさせたような作品でした。
刀城言耶シリーズの姉妹作のようなホラーミステリー
この小説は、同じ作者が書く刀城言耶シリーズと非常に類似点が多く、同シリーズの一作と言われてもほぼ遜色ないほど作風が似ています。
作家自身がまず最初にこの小説が書かれた経緯を解説することで虚実が曖昧になるメタ構造とする冒頭部や、後半部の主人公が無類の怪異好きであること、怪異が息づく田舎の僻村が舞台ということ、ホラーとミステリーが混じった作風で終盤に事件全体の謎解きがされるという構造など、挙げ出すとキリがありません。
それどころか『厭魅 の如き憑くもの』の地名がそのままコチラにも登場するなど、同一の世界観を共有するスピンオフのような側面もあり、刀城言耶シリーズを面白いと思うならこの小説も同様に楽しめると思います。
読んでいる際の感触はほぼ刀城言耶シリーズと同じです
編集者の視点を取り入れる斬新なアイデア
本作で最も優れているのはメタ構造を用いて怪談の蒐集 ・編集までエンタメとして楽しませるアイデアの魅力です。特に冒頭部分が秀逸で結局最後まで小説を読み終えて一番良かったのはここでした。
冒頭から作者自身が登場し、執筆関係の仕事で出会った別々の人物からもたらされた怪談の背景に実は共通の土地や怪異が登場することに偶然気付き本来なら別々の話を繋げて一本の小説としてまとめたのがこの作品であるという解説がされ、このアイデアなら絶対に面白いに違いないと思わせる力があります。
なぜ別々の人物が語る怪談が繋がることにこれほどの快感を覚えるのかというと作者自身が登場しそれぞれの人物からその話を教えてもらった不可思議な経緯をこと細かく語ることで、話そのものだけでなく珍しい怪談を蒐集 する興奮を疑似体験でき、なおかつ編集を加えることで元の話が持つ魅力をより高める喜びまで再現するなど、怖い話の蒐集・編集・発信という流れそのものをエンタメ化できているためだと思います。
この点は、作者が元々編集者で雑誌の編集などに携わっていたこともあり、怪談とは話そのものだけでなく怪談を集めて編集し発信する作業も含めてエンタメであるという編集者的な引いた視点が強く働いているようにも見えます。
ハッキリ言ってそれぞれの話は良く出来ているものの単体だけだと弱々しく、この二つの怪談をメタ構造を挟んで自然に繋げてしまうことで人と人との数奇な縁まで物語に宿らせるというアイデアにこそ痺れました。
ホラー小説としては可もなく不可もない出来
この小説で物足りないのは、のぞきめ関連の描写の弱さとホラーとミステリーがやや反目気味なことです。
のぞきめという怪異に取り憑かれると四六時中なにかに覗かれているという恐怖で気が狂ってしまうという設定自体はいいにしても、この世ならざる者に覗かれる際の視線をどう文章で表現するのかという部分のこだわりが弱く、そこまでのぞきめという怪異が特殊に思えませんでした。
ホラー作品なら視線恐怖症で怯えるような描写はありきたりで、部屋中の隙間を塞ぐというアイデアもどこかで見たことがあるような程度のもので、この小説独自の恐怖表現が微塵もありません。
なんなら視線が怖ろしくて自分で両目を潰すような作品すらあるので、さすがに部屋の隙間を神経質に塞ぐ程度では物足りませんでした
小説としては怪異に覗かれる薄気味悪い感覚をどのような文章で表現するのかを期待していたのに単に何かが物陰からコチラを覗いている程度の軽い描写のみで、冒頭で読者を散々煽る割にはそれほどの怖さではありませんでした。
と言っても、小説を読み終えた後に何かが覗き込んできそうな部屋の隙間を二、三箇所は塞いだので怖いは怖いです
それに、ホラーとミステリーを融合するという作風なことで、結局ホラーだと思った部分がただのミステリーのトリックに没してしまう箇所や、ミステリーとしてはホラー要素のせいで逆におかしい部分が残るなど、本作に限ってはあまりスムーズにいっているとは思えません。
なぜ一部の死体が不自然にねじれているのかという点がホラーとして見ると違和感がないのに、ミステリーとして考えるとおかしいなど、タネ明かしされると遡って引っかかる箇所がいくつも残ります
個人的にホラーとミステリーだとホラーのほうがジャンルとして好きなので、終盤の推理のために実はあの出来事は怪異ではなく人間の仕業でしたなど、怖かった部分が後で理屈によって上書きされるとガッカリします。
最後に
冒頭部分のメタ構造の作り方や、二つの怪異譚が繋がるというアイデアは素晴らしいのに、読み終えるとホラーとしては恐怖不足で、ミステリーとしては刀城言耶シリーズの謎解きの快感に比べるとあっさり気味と、最初は大作感が漂っていたのに終わって見るとこぢんまりとした作品だったなという感想を抱いてしまいます。
アイデアそのもののポテンシャルは非常に高いので、じっくりと一つ一つ細部にこだわって創作に取り組めばいくらでも傑作にできた可能性があるのに、結局ササッと書いてしまった感があり本当に惜しい完成度でした。
それでも、三津田信三作品の特徴である読み始めると最後まで止まらなくなる中毒性は健在で、退屈という瞬間は微塵もなく終始楽しく読めます。
リンク