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【歴史小説】魔王と、覇業に立ちはだかる者たち |『信長、天を堕とす』『信長、天が誅する』| 木下昌輝 天野純希 | 書評 レビュー 感想

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評価:80/100
作品情報
著者 木下昌輝
天野純希
出版日 2019年11月27日

小説の概要

 
この作品は、文芸雑誌である小説幻冬の“信長プロジェクト”という、二人の作家が戦国武将・織田信長についてそれぞれ異なる視点で描くという企画から生まれた歴史小説です。
 
『信長、天を堕とす』は、一貫して信長が主役となり、なぜ桶狭間の戦い以降、破竹の勢いで勢力を拡大し、挙げ句は比叡山の焼き打ちのような神罰をも恐れない残虐な行為に及んだのか、作者独自の解釈で描かれます。
 
『信長、天が誅する』は、逆に魔王・信長と実際に相対した者たちが、信長という人物に対しどのような想いを抱いたのかが語られます。
 
『信長、天を堕とす』は一貫して信長視点のため、話が連続する長篇小説としても読めますが、『信長、天が誅する』は章ごとに主役が変わる短篇集です。
 
両作品とも約200ページほどで、そのため二作続けて読んだとしても通常の長篇小説一冊分ほどのボリュームしかありません。
 
両作品とも甲乙付けがたいほど拮抗した完成度ですが、二つの物語がキレイに重なるようなついの構造とはなっておらず、両方読んでもそれほどの相乗効果はありませんでした。
 
信長の視点とその敵対者の視点を別々の作家が書くという企画のコンセプト自体は面白いですが、実際に二つの小説を読み比べると、失敗もしていなければ成功というほど劇的な盛り上がりもないと、やや味気ない内容です。
 

アイデアが凡庸止まり

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この“信長プロジェクト”として書かれた二冊の小説のうち『信長、天を堕とす』のほうを先に読みました。
 
同じ作者の『宇喜多の捨て嫁』が非常に好感触だったため、続けて別の小説を読もうとコチラに手を出すと読み終えてもどこかしっくりきません
 

 
ところどころ重要な情報が虫食いのような内容で、巻末の解説を読むとこの小説は“信長プロジェクト”という二人の作家がそれぞれ異なる人物の視点から信長像に迫るという企画として書かれたものだと初めて知り、読んでいる最中に幾度も感じた違和感の理由が分かりました。
 
そのため、続けて『信長、天が誅する』を読むと、確かに『信長、天を堕とす』で欠けていた情報が補完される箇所があり、いくらかはモヤモヤが晴れます。
 
ただ、正直期待していたほどの効果はなく、別段片方だけ読んでもそれほど支障はありません。
 
『信長、天を堕とす』は、信長が強さとは何なのか、強いとはどのようなことなのかを追求する話で、恐怖を知らない者は真の強者ではないという助言に従い、恐怖の正体を突き詰めようとあえて非道な振る舞いで天を怒らせ己に神罰を下させようとするかのような、歴史小説にしては哲学的な問いを多く含む内容で読み応えがあります。
 
『信長、天が誅する』はそれに比べると大人しいものの、桶狭間の戦いで自らの家の存続だけを考え嫌々今川義元に従う井伊いい直盛なおもりが信長の奔放な生き様を知ることで自分の人生観が変わるといった、信長の型破りで自由な生き方が家名や宗教に縛られ視野が狭窄きょうさくしていた者たちの心を解放し、自分が知らず知らずのうちに背負っていた重荷に気付くという話が多く、地に足着いた堅実な魅力があります。
 
しかし、だからといってわざわざ“信長プロジェクト”の二冊だからと、互いの欠けた情報を補い合うために二作品も読むほどの価値があるかと言われると微妙なところです。
 
企画として見た場合、読んでいてコチラの想像を上回るような瞬間は一度も無く、「まぁ、こんなものだよな」という、雑誌側が考えた企画を無難にやり遂げただけという可もなく不可もないといった程度の出来でしかありませんでした。
 
ハッキリ言って、織田信長という常識を破壊し続けた稀代の変人を題材に企画を考えるなら、もっとぶっ飛んだ工夫や仕掛けを用意しないと、到底満足など出来ません。
 

この企画の問題点は、信長という凡庸とは無縁の人を扱うのにアイデアがありきたりという点に尽きると思います

信長が両作品に顔を出す中途半端さ

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この二冊を読んで最も残念だったのが両作品とも当たり前のように信長が登場するというコンセプトの不徹底さです。
 
『信長、天を堕とす』を信長の主観で描くなら、せめて『信長、天が誅する』には信長を一切登場させず、劇場用アニメ『機動警察パトレイバー the Movie』における帆場ほばのように、その人物の生きた痕跡だけを見せ、具体的な人物像は読者の想像に委ねるといった距離感のほうが無難でした。
 

 
このほうがより信長が常人とは遙かに異なる存在であるという特殊さが際立ち、二つの小説がそれぞれ対となる価値を高められたと思います。
 

最後に

 
両作者ともしっかりとした歴史小説を書く作家なので、読んでいて退屈と感じることは一切ありませんでした。
 
ただ、“信長プロジェクト”という大それた企画として書かれた小説として見た場合は期待外れでしかありません。
 

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