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負け戦の美学 『のぼうの城 上・下』 著者:和田竜 〈書評・レビュー・感想〉

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映画版のトレーラー

評価:85/100
作品情報
著者 和田竜
出版日 2007年11月28日

小説の概要

 
 この作品は戦国時代、豊臣秀吉の天下統一最後の障壁である関東の支配者北条家を討つべく行われた小田原征伐(1590年)の際、他の城が落ちた後も最後の最後まで豊臣軍に抵抗し続けた一つの支城の戦を描く歴史・時代小説です。
 
 秀吉が圧倒的な大軍勢と兵糧ひょうろうを確保し万全を期して挑んだ負けるはずのない戦において、たった500の兵で秀吉の重臣、石田三成率いる2万の軍勢と善戦したおし城の攻防戦を、城代であるのぼう様こと成田長親なりた ながちかと攻める側の石田三成両者の視点から追う内容となっています。
 
 一騎当千の猛将が暴れ回る荒唐無稽に見えて非常に理路整然とした剣戟と、のぼう様の奇策により大軍勢を翻弄しまくる快感が合わさった痛快娯楽時代小説です。
 

一騎当千の武将率いる500の兵で2万の軍勢を迎え撃つ血湧き肉躍る忍城攻防戦

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 この小説は、そもそも映画の脚本コンクールである城戸賞を受賞したシナリオを無理矢理小説化しているためか、通常の小説と比べるとかなり荒い印象を受けます
 
 映像化を前提としているためか風景描写はほとんど省略されており歴史ものとしての情緒じょうちょは薄く、文章も流麗とはほど遠いぎこちなさで、単体の小説としてはお世辞にも洗練されているとは思えません。
 
 しかし、そんな問題を無に帰すほど500対20000という圧倒的劣勢の中、忍城側が奇策を連発し石田三成軍を翻弄する手に汗握る攻防戦や、濃いめに味付けされた猛将達の一騎当千の活躍ぶりが心地良く、読んでいて退屈する瞬間は微塵もありませんでした。
 
 『のぼうの城』という作品は先に映画版を見ておりストーリー自体はおぼろげに記憶していたため真に楽しめるか危惧していましたが、やはり根本の設定が良くできているため不安はまったくの杞憂で、それどころか映画版よりも原作小説のほうがより楽しめました。
 
 作者が現地を取材した紀行文のような解説が大量に挟まれ続ける作風も、最初はやや気になったものの、やはりこのデタラメにも程がある出来事が本当に歴史上起こったことだと強く意識させる効果があり、途中からは気にならなくなります。
 
 とにかく、あらゆる欠点を補って余りあるほど圧倒的多数の敵を相手にする熱いストーリーと、戦国時代らしい血の気の多いキャラクターの魅力が突出しており、全体的に小説の作法としては不満が多くても、いち娯楽小説としては文句なしの傑作でした。
 

映画版との違い

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 小説を読んだ後にもう一度映画版を見直しても原作小説のほうが面白さは圧倒的に上でした。理由は簡単で、原作小説のほうが敵である石田三成の心の機微がより繊細に描写されているためです。
 
 原作小説は、のぼう様と石田三成が両方とも主人公のような作りなのに、映画版はのぼう様を中心とし、石田三成がただの添え物と化しており、魅力が半減しています。
 
 小説版は、石田三成というそれほど戦上手というワケでもない武将がなぜ天下分け目の関ヶ原の合戦に西軍の実質的大将として臨んだのかという後の出来事まで視野に入れ、三成の人生観や戦観を忍城攻めに集約させて描かれています。
 
 そのため、忍城を舞台にしたのぼう様の負け戦あっぱれからの関ヶ原の合戦における三成の見事な負け戦もあっぱれと繋がり、三成がこれから辿る厳しい人生のその先に思いを馳せることが出来ました。
 
 しかし、映画版はここがごっそりと削られ、三成がのぼう様の引き立て役に甘んじるのみで、単体のキャラクターとしての魅力はほぼ死んでいます。
 
 のぼう様のほうも、小説版はもっと冷酷な一面が描かれているのに、映画版はただの善人にしか見えません。素朴な人柄ゆえに自分が百姓に愛されているのを明確に理解した上で、その好意を戦に勝つための道具として利用しようとする恐ろしい顔が小説にはあるのに、この部分が省かれ単に領民思いの人物にしか見えず、人物像がやや中途半端に見えます。
 

『Fate/ZERO』で衛宮切嗣が自分を愛する女の想いを理解した上で己の願望を果たすため手駒として利用するのと似ていますね

 
 小説版はこれがあるため、のぼう様が仏と鬼が同居する、領民に愛される優れた領主にも見えるし、戦に勝つためなら領民の命などただの消耗品くらいにしか思っていない冷酷な策士にも見えると、掴み所のない雰囲気を醸していました。
 
 このため、ストーリーが改悪されている映画版だけ見ても、『のぼうの城』の良さは到底堪能できません。
 
 ただ、凡百の小説原作映画に比べると原作に対するリスペクトは非常に強く、娯楽時代劇アクションとしては十分な完成度なため、映画版は映画版で十分楽しめます。
 

最後に

 
 史料を読み込むと同時に作者自身が忍城があった地を巡り過去の戦の名残を足で採集するという地道な作業をこなしつつ、その苦労をこぢんまりとは纏めず、豪快に武将が暴れまくる痛快娯楽アクションに仕上げた手腕は見事で、爽やかな傑作時代小説に仕上がっています。
 

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