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【邦画】本物の映像作家 濱口竜介 |『寝ても覚めても』| レビュー 感想 評価

トレーラー

評価:90/100
 

映画の概要

 
この作品は、主人公・朝子が、顔がそっくりなものの人間性は真反対の二人の男性の間で揺れ動く様を描いた恋愛映画です。
 
原作は小説ですがそちらは未読です。
 
世界的に評価される『ドライブ・マイ・カー』を監督した濱口竜介監督の商業映画デビュー作であり、濱口監督のえげつないまでの演出力が発揮される大傑作でした。
 
映画評論家の蓮實はすみ重彦さんが絶賛していたため視聴しましたが、これはまともな映画好きなら絶対に衝撃を受けるだろうという完成度で、濱口監督が世界的に評価されるのも大納得です。
 
映画全体は論理的に構築されているのに、ところどころ見る者の予想を裏切り映画的に突き抜ける場面もあり、ストーリー的にも映像演出的にも先がまるで読めないスリルが味わえる緻密かつ大胆な映画でした。
 

この作品は、恋愛がどうこうというよりは濱口監督の演出力を堪能する映画です

用意周到であり大胆不敵な映画

 
この映画の最大の魅力は間違いなく濱口竜介監督の映像作家としての力量であり、それに尽きると思います。
 
この映画は、画面内に置かれる被写体の数々に込められた意味、カメラの距離・角度・動き、ムダを省き大胆に時間が飛ぶ編集に、あえて役者に抑制を効かせた演技をさせることで登場人物の心情を見る者に読み取らせる意図と、常に画面内に張り巡らされた演出を読み解く楽しさがあり、映画を見る喜びを存分に堪能できました。
 
あらゆる場面が互いに反響し合うことで重層的な意味合いを持つように計算されているため、見終わった後に「あそこの場面はこういう意味だから、このような演出がないとおかしいはず」と仮説を立てて見直すとやはりそうなっていることが多く、全体が極めて緻密に設計されていることが分かります。
 
例えば、朝子と亮平の生活を見守る二人の愛の象徴である猫が、二人の愛が消えかけている場面で映ったらおかしいという仮説を立てその場面を見直すと、亮平がタクシーに乗っている際に猫が画面に映らない工夫がされているなど、視聴後に頭の中で映画の内容を整理している途中に初見時では見逃した演出に気付くことが多々あり、サラッと流れるような場面でも細部まで練りに練られていることが見て取れます。
 

猫という物体が画面にいる・いないで心の距離を表現するアイデアは、“画面に何を映し何を映さないかが映画だ”という蓮實さんの映画論を体現しているようにも見えます

 
それ以外にも、二人の距離が再び縮まる瞬間にドア越しに猫だけ手渡すことで、まだ相手のことを100%信用できないが、それでももう一度やり直したいという複雑な感情を映像的に伝えているなど、猫を効果的に使うことで説明的にならず状況の推移を見せる手腕は見事で、人間と同じくらい猫も印象に残る映画でした。
 
さらに、この映画は東日本大震災を人と人との関係性に変化をもたらす映画的なある種の装置として使っており、地震がキッカケで結ばれ、そのボランティアを通じて相手の思いやりを知り絆を深めるプロセスと、ある人物が東日本大震災に対して無関心であることや、結局他者への優しさなど持ち合わせておらず自分のことしか考えていない態度にふっと心が離れるという対比など、全場面意味が満遍なく散りばめられているため、一回見ただけだと演出の意図が到底読み切れません
 

濱口監督も黒沢清監督と同じく蓮實重彦さんの映画論の影響が強く、場面と場面を人間の心の動きではなく、映像的な目に見える“運動”で繋ぐ癖があります。そのため、濱口監督的には二人の関係の変化に伴って自宅前の川を大氾濫させたかったのかもと妄想が膨らみます

 
オマケに、計算で作ったような場面だけでなく、ある時画面の主導権が突然意図しない人物に移行するという映画的な快感に震える場面まで用意されている贅沢さで、緻密な計算と大胆な演出が両方堪能できる至福の映画でした。
 

「おばあちゃんになったら笑い話になるといい」というメッセージと、岡崎(母)が打ち明ける秘密が呼応していることや、序盤にバクが見せる朝子への愛情にも思えた暴力行為が、後半他者への思いやりの無さに変質し意味合いが変わって見えるなど、こんな細かい演出の話を指摘し続けると切りがありません

最後に

 
多少の不満を言えば、もう少し撮影にキレや締まりが欲しいかなくらいで、それ以外は非の打ち所がない出来映えで、邦画もこんな世界に誇れるような傑作があるのかと嬉しくなりました。
 
濱口監督の演出手腕を心ゆくまで堪能する映像作品としても、自分のことしか考えられなかった主人公が他者を思いやることの大切さを学ぶことで成長する苦味や酸味の強い恋愛映画としても傑作です。
 
 

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