著者 | 天野純希 |
出版日 | 2010年11月26日 |
評価 | 80/100 |
オススメ度 | ☆ |
ページ数 | 約496ページ |
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小説の概要
この作品は、戦国時代に土佐のいち国人 から戦国大名に成り上がり一度は四国統一を果たした長宗我部 元親 と、元親に人生を振り回された家臣や息子たちの数奇な生涯を描く歴史・時代小説です。
最初は家臣や領民に慕われた元親が、溺愛する長男を失ったことで心を病み、挙げ句の果てに自分に従わない家臣を虐殺する血も涙もない暴君となっていく様が克明に描かれる、長宗我部家の光と闇を描く陰惨な物語となっています。
家族間の目に見えない心のすれ違いが後の悲劇へと繋がる父子のドラマを軸に、晩年は心を病み暴君と化した元親がなぜ乱心したのか、その理由が作者の大胆な創作を交えて語られるという趣向です。
戦国時代の武将を主人公にしながら親と子の愛憎劇を中心に据えるというコンセプトは魅力的なのに、全体的に描きたいことに焦点を絞り切れておらずやや散漫な内容で突き抜けた面白さはありませんでした。
卑怯と嘘と秘密主義の大きすぎる代償
本作最大の特徴は、四国統一を果たした戦国大名としての元親 像よりも、子を持つ一人の不器用な父としての元親がクローズアップされる点です。
小説の前半は、優れた軍略の才を持つ元親が多少強引な手法を用いながら領土を広げ四国統一を目指す戦国時代らしい成り上がりの話となり、後半は前半の強引なやり方のツケが回る長宗我部家の転落を描く凄惨な家族ドラマと、物語が昇りと下りの綺麗な山なりな構造となっています。
前半の土佐統一とそこからの四国統一を目指す元親の出世パートは後半の転落の前振りなことが丸分かりであまり高揚感はありませんが、前半の上り調子と後半の崩壊ぶりに落差が生じるため、全編ただ暗いだけの単調な作風にするより遙かにメリハリがあったと思います。
この前半パートは、最終的には戦に勝ちはするものの、強敵を正攻法ではなく卑怯な手を使って排除し、自分の意図した通りに動かない味方も秘密裏に暗殺し戦意高揚の道具にするなど、勝って嬉しい反面汚い勝ち方に罪悪感も蓄積し、でも決定的な破滅には至らないという絶妙な足下がグラつく状態が続き緊張を強いられました。
長宗我部家の親子のやり取りも、元親が自身の子供の中で最も出来が良い長男を溺愛するあまり次男、三男を元親本人も無自覚なままないがしろにしてしまい、その心配りの足り無さにより親子間の信頼関係が水面下でミシミシとひび割れていく不吉さのみが募ります。
その卑劣な振る舞いや、ちょっとした親子間のすれ違いのツケが回ってくる後半は「戦時だから仕方がない」と言って目を背けてきた卑怯な行為や、「長男が可愛いし家督を譲る跡取りだから多少えこひいきしても許されるだろう」という甘えが何百倍にもなって跳ね返ってくるため、読んでいるコチラ側もある程度成り上がっていく過程を楽しんでいたこともあり一緒に咎を責められるような居たたまれなさを感じました。
自身が卑怯な手で敵を葬り厄介な味方も戦場で始末したように、今度は秀吉の策略で息子が謀殺され、最初は家臣や家族のためと思って嘘をつき秘密主義を徹底していたのが誤解を与え、今度は自分が暗殺のターゲットにされと、前半でやってきたことがそっくりそのまま跳ね返ってくる因果応報の報いをこれでもかと詰め込んだ後半は、苦々しい教訓を突きつけられます。
コンセプトの面白さに対しやや弱めな語り
元親の嘘や卑怯な行為、父子のコミュニケーション不足が最後に悲劇へと繋がる苦い家族ドラマというコンセプトは面白いですが、いかんせん全体的に語りの焦点が絞り切れておらず、一つ一つの出来事が散漫に感じました。
どこか一つがダメというより、あらゆる箇所のネジが緩いため、起こっていることの凄惨さに比べそこまで感情が揺さぶられません。
特に気になるのは視点移動の多さと無意味さです。全体が回想になっているという点はまだ良いにしても、ある人物の回想内で視点がコロコロ変わる上に、変わることにさほど意味もなく、徐々に心が病んでいく元親を変に客観視するような効果を生んでしまい、悲劇性が薄れていると思います。
もっと元親と共に挫折し、元親と共に苦悩し、元親と共に哀しみたいのに、視点が忙しなくあちこち飛び回るせいで、読者から元親が遠ざけられるような変な距離感になっており、終始語りのピントが合っていないもどかしさが拭い切れませんでした。
細かい文句ですが、さすがに坂本龍馬と同じ土佐だけに全員標準語なのは違和感しかありません。多少読み辛くなっても出来れば全員方言が好ましかったです
最後に
全体的に過激な内容の割に薄味といった作品でした。ダメと言うよりは惜しい作品で、コンセプトは良かったのに所々の詰めが甘く名作になり損なってしまったという印象です。
ただ、ドロドロした話が大半なものの、ラストは長宗我部家の呪縛から唯一逃れられた盛親 の視点で終わるため、余韻はそこまで悪くはなく、良い小説を読んだという清々しさも残ります。
この小説を読んでいたおかげで大河ドラマの『真田丸』を見た際に盛親に対して親近感を抱けました