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【ミステリー小説】密室トリックが複雑化しすぎ |『ミステリークロック 防犯探偵・榎本シリーズ #4』| 貴志祐介 | 書評 レビュー 感想

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作品情報
著者 貴志祐介
出版日 2017年10月20日
評価 75/100
オススメ度
ページ数 約608ページ

小説の概要

 
この小説は、防犯ショップの店長であり防犯コンサルタント(本業は泥棒)の榎本 径えのもと けいと、弁護士青砥 純子あおと じゅんこのコンビが密室事件に挑む、防犯探偵・榎本シリーズ4作目の短編集です。短編は全部で4つで、全て雑誌に掲載されたものを収録し書き下ろしは無しです。
 
今作もやはりこれまでの短編シリーズ同様、密室には何のメッセージ性もなく、榎本の防犯コンサルタントという肩書きもほぼ無意味で、欠点はほぼそのまま。それどころか、今作から密室トリックが大幅に複雑化し、謎解きが始まると説明量が多すぎて眠くなるという深刻な問題も新たに生まれました。
 
複数のトリックを複雑に絡み合わせ、しかも密室トリックを現実的に地に足付けようとするあまり過剰に説明臭くなり、推理と言うよりただの説明にしかなっていません。
 
ただ「コロッサスの鉤爪かぎづめ」という短編は、パッシブソナーや気圧差を利用した海の上の密室というアイデアが非常に面白く、防犯探偵・榎本シリーズの短編作品の中でも上位の完成度でした。
 

もはや難解すぎてなんのこっちゃな密室トリック

 

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文字盤部分が透明で針が宙に浮いて見えるミステリークロック。文字盤部分が透明なため向こう側が透けて見えるということを理解していなかったので最初は榎本がトリックに気付いた理由が分かりませんでした。
この巻は、あまりに密室トリックの細部に凝りすぎた結果、トリックの説明が難解でミステリーなのに肝心の推理パートが読みづらいというかなり深刻な問題が生じています。
 
良く出来たミステリーが、一見複雑に絡んでいるように見える糸がたった一本の正解の糸を引っ張るだけでするっとほどけてしまうという快感を売りにするのだとすると、本作はそこら中きつく結ばれた結び目だらけで、それらを長い時間をかけて一つずつほどいていく地道で根気のいる作業を延々見せられるような感覚で、読んでいて必要以上に疲れました。
 
推理のメインディッシュである、それを攻略出来たら犯人のアリバイが一気に崩せるという柱となるトリックがそもそも地味な上に細かすぎて、謎を解いた後に引っかかっていた疑問がストンと腑に落ちる快感がほとんどありません。
 
しかも、トリックを複雑化させ過ぎた悪影響で、見た瞬間これは誰かが仕組んだだろうと作為が丸分かりのため、密室殺人のための密室でしかなく、ただの密室マニアが作った密室のお披露目会にしか見えず。そのせいで、密室が自分から疑惑を逸らすカモフラージュどころか、むしろこれが殺人であることを露骨に強調してしまっており犯人にとって本末転倒にしか見えません。
 
犯人視点から始まる特殊な話を除いて、最初に事故なのか事件なのか複数の可能性を提示しそこから徐々に見当外れの推理を除外し、最後は密室は誰かが巧妙に用意したものだとようやく判明するというプロセスを踏んでくれないため、どうしてもスムーズに話に入っていけませんでした。
 
全体的に細かい密室トリックに凝りすぎるとこのような問題が生じるというお手本のような出来で、気合いが入りまくったトリックがミステリーとしての面白味に寄与しておらず惜しいなと感じました。
 

気圧差を利用した不可能犯罪という斬新なアイデア

 

4つある短編のうち他の3つとは大きく異なるのが、この本のトリをつとめる「コロッサスの鉤爪かぎづめ」という海の上の密室を扱う話です。
 
海洋資源調査をしている最中の海で、パッシブソナーと海底調査用の無人探査機のカメラが監視する中、31気圧である深海300メートルを飽和潜水しているダイバーが海上の1気圧の状態の被害者をどのように殺害したのかという、気圧差を利用した不可能犯罪というアイデアが面白く、一気読みしてしまいました。
 
相変わらず探偵役である榎本が完全な門外漢なのになぜか海上で起こった事件に呼ばれるというお約束は置いておくとして、高性能のパッシブソナーに広範囲の音を拾わせることで海の上なのに密室状態を作ってしまうという設定がヘタをするとシリーズの短編作の中でも一番好きかもしれません。
 
トリックが複雑化している他の話と比べ、犯人は急上昇したら確実に死亡する気圧差の中で、どのようにパッシブソナーと無人探査機のカメラをかいくぐり犯行に及んだのかという非常にシンプルな謎を解く話なので、要点が分かりやすく面白さが段違いでした。
 
しかし、いくらなんでもトリックに使われるある道具がミステリーとしては反則にもほどがある代物で、そんなものが用意出来るならどんな不可能犯罪でも成立してしまうだろうというツッコミどころもあります。
 
ここまで反則な道具を出すならもう少し明確に弱点を設定するなど工夫が欲しかったです。
 
例えば序盤に登場させて普通にトリックに使おうとしてもまったく役に立たないことを一度印象付けてから、ある意外な利用法を提示するなど、もう一段階のひねりがあれば文句ありませんでした。
 
ストーリーも無味乾燥な他のエピソードに比べると気が効いており、犯人の動機や犯行を決行しようと決意したキッカケが分かるとタイトルの意味が分かるという工夫も施され、他の短編とはひと味違うキレ味が堪能出来ました。
 

最後に

 
相変わらず登場人物が常にボケをかまし続けるため笑いがくどくなりがちという問題が手付かずで、ここは本当に苦手です。
 
それに、密室トリックも複雑になり、本来ならミステリーで最も楽しい時間である推理パートが説明臭くて退屈という致命的な問題が生じ、全体としてはあまり褒められた出来ではありません(ただ、劇団土性骨が登場しないことだけは嬉しい)。
 
それでもソナーにより海の上に密室を作るというアイデアにワクワクした「コロッサスの鉤爪」だけは別格の面白さで、防犯探偵・榎本シリーズの短編集の中ではこの本が一番好きです。
 

防犯探偵・榎本シリーズ

タイトル
出版年
硝子のハンマー #1
2004年
狐火の家 #2
2008年
鍵のかかった部屋 #3
2011年

貴志祐介作品

 
 

 

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